ツィマーマン 小澤征爾指揮ボストン響 ラフマニノフ ピアノ協奏曲第1番(1997.12録音)ほか

暗い情熱。
鬱々とした気が、冒頭、金管の咆哮と共に解放される浪漫。すぐさま打楽器の一撃に重厚なピアノが重なり、光輝差し込む様に感無量。陰陽相対を見事に一つにするロシアン・ロマンスの官能とでもいうのか、早熟の天才セルゲイ・ラフマニノフの最初のピアノ協奏曲の温もりよ。

彼が喜びと苦しみの中から作り上げた音楽の満々たる流れは、彼を夜の闇に連れ出した。それは波となって開け放たれた窓へと押し寄せ、庭の菩提樹の黒い茂みをつらぬき、濡れた草の上を滑って行った。そして多分消えやらぬ音楽のこだまは、雨雲が東に去り空に眠たげな明けの明星が光り出す朝までも、新しい庭の草地をぐるぐる回っていたに違いない。夜中の1時過ぎにセルゲイは自分の部屋に戻った。そしてペンをとって総譜の扉に書きこんだ。《ピアノとオーケストラのための協奏曲、嬰ヘ短調、作品第1番、A.I.ジローティに捧げる》
1891年の秋までに、セルゲイは一大決心をしていた。サーチン家を出てスローノフと一緒に独身者用の住居に移ろうというのである。

ニコライ・バジャーノフ著 小林久枝訳「伝記ラフマニノフ」(音楽之友社)P111-112

彼の才能はやはり群を抜く。

創作において、独創的でなければならないとか、また浪漫的でなければならないとか、あるいは民族主義的でなければならないとか、そういった意識的な努力を私は一切してきませんでした。私は、自分の中で鳴り響く音楽をできる限り自然に五線紙に書き留めるのです。私はロシアの作曲家ですが、私の気質や見かけは我が祖国の影響を受けています・・・。私が音楽を書き留めるとき試みることは、心の中にあることを単純に、そして直接的に語らせることです。

1941年の回想で、ラフマニノフはそう語っている。音楽とは恣意のない、シンプルで直接的なものであり、その意味では神(天)との対話であったのだろうと想像する。

若書きとはいえ一世一代の傑作を、クリスティアン・ツィマーマンが弾く。

ラフマニノフ:
・ピアノ協奏曲第1番嬰ヘ短調作品1(1997.12録音)
・ピアノ協奏曲第2番ハ短調作品18(2000.12録音)
クリスティアン・ツィマーマン(ピアノ)
小澤征爾指揮ボストン交響楽団

第2楽章アンダンテがやっぱり美しい。孤独に内省する作曲家の感情の揺れが見事に音化される。特に、(小澤指揮ボストン交響楽団による)管弦楽の優しい慟哭。そして、爆発する第3楽章アレグロ・ヴィヴァーチェの終盤、グリンカの「ルスランとリュドミラ」序曲に似た旋律が登場するに至る解放のドラマの妙。オーソドックスな枠の中で秀でる革新。素晴らしいと思う。

学生の曲の発表会を指揮するならわしであったサフォーノフは、乱暴にも、自分で気に入らないところは、スコアを直してしまい、きれいに、弾きやすくする癖がありました。学生としては、自分の作品が演奏されるだけで満足し、あえてサフォーノフのやりかたに反対せず、彼の意見や変更を受け入れていました。しかし、ラフマニノフには彼も手こずったようでした。この学生は、変更を無条件に受け入れなかったばかりでなく、指揮者(サフォーノフ)に待ったをかけ、テンポとかニュアンスの違いをいちいち指摘したのです。これは明らかにサフォーノフを傷つけましたが、彼とてかけだしとはいえ作曲者の権利を無視できず、不自然なところだけに物言いをつけるに止めていました。ラフマニノフの才能もはっきりしていたのですが、彼のあくまでも冷静な、自信にあふれた態度は皆に感銘をあたえることになったようで、さしもの万能選手サフォーノフも折れたのです。
(友人ブキーニクによる「若きラフマニノフ」より引用)
藤野幸雄「モスクワの憂鬱—スクリャービンとラフマニノフ」(彩流社)P80-81

ラフマニノフの自信と自負たるや・・・。しかし、後のそれが精神を病む発火点になろうとは。並べて聴くと歴然だが、第1番の延長線上にある第2番ハ短調作品18ももちろん名演奏(ラフマニノフははじめからラフマニノフであった)。

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