フェドセーエフ指揮モスクワ放送響 ムソルグスキー 組曲「展覧会の絵」(1977.10録音)

ベートーヴェンの交響曲第6番ヘ長調作品68「田園」は、大自然の心象風景である。自然そのものの描写ではない。同様に、ムソルグスキーの「展覧会の絵」も、絵そのものの描写ではなく、あくまで絵から感じ取った心象を描いたものだ。

‘Kartinki s vystabki’というロシア語タイトルの正確な邦訳は、実は「展覧会の絵」ではない。誤訳の出所は英訳で、’Pictures at an Exhibition’が間違っているのである。原題は何語を使っても訳出不能で、ニュアンスを説明するしかないのだが、英語なら少なくとも’Pictures from an Exhibition’の方が近い。「あの展覧会からの可愛らしい絵たち」とでも訳せようか。語っている主体は展覧会場ではない別の場所にいて、そこで絵のことを深い愛着を持ってあれこれ話したり想い出したりしているという情景である。つまり、絵を正確に描写した音楽ではないのだ。すでに会場から離れて、絵についてのイメージは自由に彼の世界を駆け巡っている。だからもとの絵に囚われるのは、むしろ曲を鑑賞する妨げになる。
一柳富美子著「ムソルグスキー 『展覧会の絵』の真実」(ユーラシア・ブックレット)P43

「展覧会の絵」はモーリス・ラヴェル編曲の、あの洗練されたフランス的響きが今や代名詞のようになっているが、原曲のピアノ版の、素朴で赤裸々な音が僕は好きだ。ロシアの大地の寒気を表出する、どちらかというと野蛮な音調をオーケストラでいかに表現するか。あれはあくまでロシアの民衆の心を代弁しようとした作品だということを忘れてはならない。

私は本当に民衆を創造したいのです~中略~風俗画の人たちはもうずっと昔から絵の具を交ぜ合わせて自由に絵を書いているのに~中略~音楽家ときたらせいぜい和声法に凝ってみるとか、特別な技巧を売り物にするくらいです。
(1873年6月、ムソルグスキーのレーピン宛手紙)
~同上書P41

剥き出しの魂の洗練された響き。動きのある、個性豊かな解釈。冒頭プロムナードから朗々として素晴らしい。

・ムソルグスキー:組曲「展覧会の絵」(モーリス・ラヴェル編曲)
ウラディーミル・フェドセーエフ指揮モスクワ放送交響楽団(1977.10録音)

「古城」の虚ろな憧憬。アルト・サックスの音色が美しい。また、牛車を引く農民の苦役に共感する作曲家の心情を見事に表した、のたうち回るような「ビドロ」の驚異。とはいえ、一層見事なのは「カタコンブ」以降「キエフの大門」までの壮絶なる威容(金管の咆哮、弦の芯のある分厚い音)。生きた「バーバ・ヤーガ」の迫力に感応。

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