ピエール・ブーレーズがアントン・ブルックナーを振ったと聞いたとき、僕は少し吃驚した。
冷徹な、作為のない、無情のブルックナーが現れるのならそれはそれで聴きものだと考えたが、彼の指揮するマーラーのことごとくが、浪漫の味付け入った、多少の恣意性感じられるものだったから(それはマーラーになら相応しい)、同じ路線でやられるとなると、ブルックナーの音楽は途端に死んでしまうと思ったからだ。
当時、果たしてどんな演奏になるのか、興味半分、冷やかし半分で聴いてみた。
予想通りだった。その後、僕はこの録音(映像)を長い間封印した。
しかし、時を経て、自身の感性の変化や思念の積み重ねもあり、印象は一変した。
ブルックナー没後100年記念、聖地ザンクト・フローリアンで響いた交響曲第8番の神秘が身に染みた。ブーレーズらしからぬ浪漫の匂いを漂わせた第8番は、率直に言って、(かつては)疑問を抱くシーンも多々あったけれど、久しぶりに鑑賞してみて、これはこれでブルックナーの「弟子の意見すらも重視した、あらゆる解釈を飲み込む器の大きさ」の真髄を衝くひとつの方法だと僕は思った。
・ブルックナー:交響曲第8番ハ短調(ハース版)
ピエール・ブーレーズ指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1996.9.21&22収録)
演奏シーンよりも聖フローリアンの天上壁画などを重視する点が、個人的にはもどかしいが、いかにもブライアン・ラージ監督による映像は、ブーレーズの移り行く表情を見事に捉えており、ブルックナーを堪能する喜びが倍増する。
第3楽章アダージョの厳しくも優しい音、一転、速めのテンポで前進する終楽章の愉悦が素晴らしい。