コンドラシン指揮モスクワ・フィル ショスタコーヴィチ 交響曲第5番(1968.3.27録音)

ミハイル・ブルガーコフの「犬の心臓」片手にショスタコーヴィチ。

食堂はさくらんぼ色のシェードのついたランプの光で、すっかり夜の雰囲気に包まれていた。食器戸棚の輝きは真ん中で途切れていた。鏡の上には白いテープが大きなバツ印に貼られていたからである。フィリップ・フィリーパヴィチはテーブルの上にかがみ込んで、大きく広げた新聞を読みふけっていた。彼の顔は怒りで歪んでいた。食いしばった歯の間から言葉が切れ切れに吐き出された。彼は短い記事を読んでいた。

あれは彼の非嫡出子(腐敗したブルジョワ社会ではこう表現される)であることは疑いない。われわれのブルジョワジーえせ科学者は、こういう生活を営んでいるのだ。しかも7部屋も所有している。赤い光できらめく正義の剣が、彼を裁く日も近い。
ミハイル・ブルガーコフ/増本浩子・ヴァレリー・グレチュコ訳「犬の心臓・運命の卵」(新潮文庫)P120

これこそ戦争の多かった20世紀の象徴だ。本来人が人を裁くことほどナンセンスなことはない。

何と厳しい音楽であり、演奏であることか。
第1楽章冒頭から生気漲り、鋭利な刃物のような切れ味のショスタコーヴィチ。
重戦車の如くの爆音が鳴り渡り、堂々たる歩みを誇る終楽章コーダの快感!!

土俗的な響きでありながら音の隅々が先鋭的で、聴く者の心を刺激するいかにもソヴィエト的な、一昔前の音調だが、しかし、内から湧き立つパッションのほどは他を凌駕する。言葉に表し難い、圧倒的な解釈。もちろんオーケストラの個々のメンバーの力量も他を冠絶するもので、どこまでも有機的な音楽を発揮する。

・ショスタコーヴィチ:交響曲第5番ニ短調作品47
キリル・コンドラシン指揮モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団(1968.3.27録音)

大自然の静寂の中、ひとり孤独に音楽に触れる喜びよ。
体制に迎合するように見せかけて、ショスタコーヴィチは独裁者に抗わんとする。いかにも解放的な音調を示しながら、自らを省みよと彼は問いかける。

今や一体何が正しいのか正直よくわからなくなっている。一部を切り取られた情報だけを鵜呑みにするのは憚られるのだ。何にせよ体制も国家もシステムもすべては人間が作ったものだ。それならば完璧なるものは存在しない。真実は闇の中。おそらく何十年も後にすべてが明かされるのだろうと思う。

ただひたすらショスタコーヴィチに浸る。
当時の作曲家の思惑がどんなものであれ、そして再現者の解釈が何であれ、音楽そのものは美しく、そして実に力が漲る。ただそれだけだ。

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