クリュイタンス指揮パリ音楽院管 ドビュッシー バレエ音楽「遊戯」(1963.9録音)ほか

1913年の、シャンゼリゼ劇場におけるバレエ・リュスの「遊戯」初演は、決して芳しいものではなかったが、ドビュッシーの音楽は絶賛を博したという。一つの管弦楽曲として捉えてみても、さすがのドビュッシー、現実と空想が混在するような、優雅な浮遊感に満たされる、恍惚の時間が、僕たちの今ある空間を満たす。

それでもニジンスキーは、今度は「遊戯」に取り組まなければならなかった。この作品で共演するカルサーヴィナとショラールの到着を待っていたので、彼はまだ「遊戯」に手を付けていなかった。このバレエはテニスの試合を題材とし、登場人物が3人だけの単純でとても短い作品になるはずだが、ニジンスキーはまたもドビュッシーの音楽に手こずっていた。そのうえ彼は「春の祭典」の稽古で疲労困憊し、エネルギーを奪われているようだった。一方、ディアギレフはパリ公演の計画に没頭していた。したがって「遊戯」の振付はほとんど進展しなかった。
セルゲイ・グリゴリエフ著/薄井憲二監訳/森瑠依子ほか訳「ディアギレフ・バレエ年代記1909-1929」(平凡社)P87

果たしてドビュッシーの音楽が先を走り過ぎていたのかどうなのか。
ニジンスキーもディアギレフも、残念ながら主体となる彼らが心ここにあらずの状態だったことは致命的だった。ただし、ドビュッシーにとってもこの選択は紛れもない挑戦だった。

もともと静かなことが好きな人間なのに、なぜ、私はこんな重苦しい結果を伴うような冒険に手を出したのか。欠食したくはないからだ。そしてまた、ある日のこと、セルゲイ・ディアギレフといっしょに昼食を食べたからだ。ディアギレフという人は、石さえ踊らせるかと思えるほどの、恐るべき、かつ魅力的な人間だ。彼がニジンスキーの考えたシナリオのことを私に話したのである。それは「まったくとるに足りないもの」、しかし実に微妙なものをテーマにしたシナリオであった。私はそれに基づいてバレーの詩曲が作曲されて然るべきだと思った。公園、テニス、二人の若い娘と、見失ったボールを追っかけて来た一人の若い男との遭遇、神秘な夜景、闇が誘い出す何か意地悪いものを含んでいる夜景、跳躍、旋回、足の運びに生じる気まぐれな変化—音楽的な雰囲気のなかにリズムを生み出すに必要なものがよく揃っている。
杉本秀太郎訳「音楽のために ドビュッシー評論集」(白水社)P237

1913年5月15日の「マタン」紙上の評論に作曲のきっかけとなる事実が書かれているが、ドビュッシーをそれほどまでに惹きつけたディアギレフの才能にまずは舌を巻かざるを得ない。巷間の評価はどうあれ、初演に関し、ドビュッシー自身は大いに満足できたようだ。

教師がきびしく訓練する侘しいフランスのバレー教室に、この「ロシア人たち」は田園に向かって開く一つの窓をあけてくれたように、私には思われる。そして私のようにこの窓を称賛する人にとっては、優しく撓む花とでもいうべきタマラ・カルサヴィナを踊り手として得たこと、また夜の闇と無邪気にたわむれる味わい深いリュドミラ・スコラールと協演するカルサヴィナが見られるのは、実にうれしいことだ。
~同上書P238

実際、ドビュッシーの音楽は、情景を描写する力に優れ、そして、ことのほか美しい。

ドビュッシー:
・バレエ音楽「遊戯」L133(1912-13)(1963.9.11, 12 &14録音)
・管弦楽のための「映像」(第3集)L118(1905-12)(1963.9.11, 12 &14録音)
・弦楽オーケストラ伴奏付き半音階ハープのための2つの舞曲(聖なる舞曲と世俗の舞曲)L113(1904)(1964.10.14-16録音)
アニー・シャラン(ハープ)
アンドレ・クリュイタンス指揮パリ音楽院管弦楽団

クリュイタンスのセンス満点の棒が閃光を放つ。どの瞬間も色彩豊かで何と生命力に富むことだろう。同様に、「映像」に見る、あまりにニュアンス豊かな明朗な(かつ微細な影を伴う絶妙さ)音にクリュイタンスの天才が光る。白眉は3つの楽章からなる第2曲「イベリア」だろうか(スペイン情緒漂う音の切れ味に魂までもが揺さぶられる)。そして、妻のエンマに捧げられた第3曲「春のロンド」の妙なる開放感。
ドビュッシーが愛したハープを独奏とする「聖なる舞曲と世俗の舞曲」も、実に熱のこもった、それでいて透明な名演だ。「聖なる舞曲」の、琴の音色を思わせるエキゾチックな精神性と、「世俗の舞曲」の優雅で軽快な喜びに、生きることの幸福を思う。

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