ムター プレヴィン ミュラー=ショット モーツァルト ピアノ三重奏曲K.548ほか(2005.5Live)

あなたの真の友情と同志愛のおかげで、私はこんなにも大胆になって、あなたの絶大なご好意におすがりする次第です。あなたにはまだ8ドゥカーテンの借りがあります。今のところそれをお返しすることもできませんのに、その上、あなたを信頼するあまり、ほんの来週まで(その時はカジノでの私の発表会が始まりますので)100フローリーンのお助けを、お願いいたすわけでございます。
(1788年6月、ミヒャエル・プフベルク宛)
柴田治三郎編訳「モーツァルトの手紙(下)」(岩波文庫)P134

実に謙虚な姿勢でヴォルフガング・アマデウスは同志への借金の申し込みをする。手紙が公になり、まさか後世の人間たちにこの内密の文書(手紙)を読まれるとは彼も想像しなかっただろう。

あなたが私の真の友人であることを、そしてあなたが私を正直な男だとお考えになっていることを確信していますので、私は元気が出て、自分の心を打ち明け、次のようなお願いを申し上げる次第です。私の生まれつきの率直さに従って、あれこれと体裁を飾らず、本題そのものに入ります。—
もし、私に対して愛と友情をおもちになり、千ないし2千グルデンを1年か2年の期限で、適当な利子をとってご用立て下さるならば、それこそ私が仕事をして行くのに大助かりとなります!

(1788年6月17日付、ミヒャエル・プフベルク宛)
~同上書P136-137

このとき、プフベルクは即日送金したが、モーツァルトの要求よりは少なく、わずか200フローリーンであったらしい。さらに10日後、モーツァルトは次のように書く。

このごろ、自分から市内へ出かけて、お示し下さった友情に対して、じかにお礼を申し上げることができるものと、いつも思っていました。ところが今はとてもあなたの前に現われるだけの勇気がありません。正直のところ、拝借したものをそんなに早くお返しすることがどうしてもできませんので、まだご猶予をお願いしなければならないからです! 現在の状況もそうですが、あなたが私の望みどおりに援助して下さることができないということは、いろいろと心配の種になります! 目下私は、どうしてもお金を調達しなければならない事情にあります。しかし、あゝ、だれに頼ったらいいのでしょう? 最上の友よ、あなたのほかには一人もありません!
(1788年6月27日付、ミヒャエル・プフベルク宛)
~同上書P139

1788年夏、モーツァルトはフリーメイスン仲間であり、友人のプフベルクに幾通もの手紙を送り、お金を無心した。その理由は定かでない。単に生活費に困ったことだという説が有効だが、妻コンスタンツェの浪費癖から生じたものだという見解もあれば、モーツァルト自身のギャンブル熱から生じたものだという説さえある。

生活に困っても、否、生活に困ったゆえにモーツァルトは、大変な勢いで数多の傑作を生み出している。困窮という悲惨な精神状態の中で書いたとは思えぬ、その頃書かれた純粋な、同時に崇高な作品たち。

すべては対象あってのこと。音楽をすることも聴くことも、つまりコミュニケーションである。それならば背景を知らねばならない。音楽の深層をより理解するために、そのとき作曲家が何を考えていたのか、何を感じていたのか、想像するのは実に面白い。

ピアノ三重奏曲ハ長調K.548は、1788年7月14日に完成している。快活な第1楽章アレグロに秘めたる哀しみよ。続く第2楽章アンダンテ・カンタービレの静かな音響は、晩年のモーツァルトの、高揚した精神の顕現であり、余計なものが取り除かれた結晶体の如し(プレヴィンの可憐なピアノがあまりに美しい)。そして、終楽章アレグロの喜びは、文字通り音楽を謳歌する、コミュニケーションの喜びだ。ムターもプレヴィンも、またミュラー=ショットも何と大らかで、一つになっていることだろう。

モーツァルト:
・ピアノ三重奏曲ハ長調K.548
・ピアノ三重奏曲ホ長調K.542
・ピアノ三重奏曲変ロ長調K.502
アンネ=ゾフィー・ムター(ヴァイオリン)
アンドレ・プレヴィン(ピアノ)
ダニエル・ミュラー=ショット(チェロ)(2005.5Live)

ピアノ三重奏曲ホ長調K.542は、1788年6月22日の完成。第1楽章アレグロから実に人間離れした(?)、神々からのメッセージのような美しい音楽が聞こえる。柔らかく調和に溢れる第2楽章アンダンテ・グラツィオーソの安息、そして天上の調べのような終楽章アレグロの幸せ感。そして、最後は、前2曲の少し前、1786年11月18日(父レオポルトは半年後に亡くなる)に完成したピアノ三重奏曲変ロ長調K.502。優しく語り掛ける第2楽章ラルゲットがことのほか素晴らしい。

バーデン=バーデンはフェストシュピールハウスでのライヴ録音。
後に離婚することになるムターとプレヴィンの呼吸はぴったり。二人が相互に寄り添い奏でられるモーツァルトの音楽は、苦悩を超える。

たった今モーツァルトの手紙を読み終りました。これはなんびとの蔵書にも欠かすことのできないものです。じっさいこれは芸術家にとって興味あるだけではなく、すべての人間にとって有益なものです。あなたが一度この手紙をお読みになったら、モーツァルトはあなたの生涯渝らぬ伴侶になり、困窮の時にはいつも、あのやさしい姿が、あなたの目の前に現われます。あなたには、あの善良な、無邪気な、雄々しい笑いが聞こえるでしょう。そして、どんなに悲しい時でも、あんなに朗らかに堪え抜かれた不幸を思えば、恥ずかしくなって、顔が赤くなるでしょう。
(ロマン・ロラン、1891年)
~同上書P231

モーツァルト没後100年のときにロランが認めた言葉が的を射る。

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