
昨日の私たちの演奏会は輝かしいものでした。すべては素晴らしくよくいって、最後のハイドンの終曲は繰りかえさねばならないほどのさかんな喝采を受けました。私は「バラード」のかわりにあなたのニ短調の変奏曲を弾きました。一晩中私の気持ちは高揚しておりましたが、同時に演奏家として恐ろしいほどの苦悩を体験いたしました。きっとこの冬のあなたのために、何かのお役に立つでしょうから、おめにかかった折に詳しくお話しいたしましょう。
(1865年11月1日付、フランクフルトのクララよりヨハネスへの手紙)
~ベルトルト・リッツマン編/原田光子編訳「クララ・シューマン×ヨハネス・ブラームス友情の書簡」(みすず書房)P157
フランクフルトでのこの演奏会は、同地でピアノ教師として活躍していた次女エリーゼのためにクララとヨアヒムが開催したものであった。この演奏会の中でクララが弾いた変奏曲は、ブラームスの「主題と変奏ニ短調」だった。それは、ブラームスとクララが好んで事あるごとにとり上げた作品だ。あの、言葉にならない甘美な旋律をクララはどういう想いで弾いたのだろう。
イディル・ビレットの弾く「主題と変奏」。この、感情移入のない、いわば中庸の演奏の美しさ。クララ・シューマンが好んでとり上げた意味がよくわかる。
ベルリオーズの「ラコッツィ行進曲」の明朗な響き、あるいは、シューベルトの即興曲作品90-2の、左手のための練習曲の、何とも暗い、しかし、重みのある表現は若きヨハネス・ブラームスの両極の気概を示す。
それにしてもイディル・ビレットは軽々とブラームスを弾く。
本来男性的な音響が、まるでクララ・シューマンが奏するように女性性を前面に押し出して歌う。
(1861年5月)7日にはヨハネスにお祝いの言葉を言うために出かけた。その日も次の日も幸福に、ともに音楽を楽しんで過ごした。ヨハネスの六重奏曲をピアノで弾いたり、芝居に出かけたりした。
(クララの日記)
~同上書P119
ブラームスのピアノ曲のすべてはクララ・シューマンのために書かれたのだ。
そこには大いなる愛がある。何という幸福。