マデイラ ボルク シェヒ ウール フィッシャー=ディースカウ ベーム指揮シュターツカペレ・ドレスデン R.シュトラウス 楽劇「エレクトラ」(1960.10録音)

「因果」の渦から抜け出すことのできないこの世界において、求めるべくはそれを脱する特別な法。すべてに原因があり、そこに縁が重なり、果となる奇蹟。善因善果、悪因悪果というけれど、僕たち人間は誰もが無意識に悪い種をも蒔いているゆえに。

袖振り合うも他生の縁。
フーゴ・フォン・ホーフマンスタールとリヒャルト・シュトラウスの出逢いも奇蹟のようなものだが、おそらく過去世よりの縁だろう。

お元気でしょうか、「エレクトラ」はどんな具合ですか? 思いがけずあなたからもたらされた希望は、私にとって少なからぬ喜びです。この希望を目覚めさせておいてよいのか、それとも眠らせた方がよいのか、ほんの数行でもお知らせ願えませんか?
(1906年3月7日付、ホーフマンスタールのシュトラウス宛手紙)
田代櫂著「リヒャルト・シュトラウス—鳴り響く落日」(春秋社)P169

それに対してシュトラウスは次のように返答している。

「サロメ」直後の今の私が、多くの共通点を持つ題材に、新鮮な気持ちで取り組めるだろうか、あるいはもう2,3年して、私がはるか遠くからサロメ様式に引きつけられた時、はじめて「エレクトラ」に着手した方がよいのではないか、という問題です。(・・・)いずれにせよ、あなたの作品で作曲可能なものは、すべて私に優先権を与えてくださるようお願いします。あなたの手法は私のそれに、非常によく合致しており、私たちはお互いのために生まれてきたようなものです。あなたが私に対して信義をお守り下さるなら、私たちは素晴らしい共作者になれるでしょう。
(1906年3月11日付、シュトラウスのホーフマンスタール宛手紙)
~同上書P170

シュトラウスの言葉通り、二人は短い期間ながら音楽史を代表する共作者となった。実際、「エレクトラ」は因果応報という人間社会の絶対的渦の中で巻き起こる恩怨仇が底流する壮絶なドラマであり、ホーフマンスタールの見事な台本に、シュトラウスしかいないという決定的な音楽が付された稀代の音楽劇だ。聴くたびにその魔性にひれ伏すしかないのだが、カール・ベームの情熱溢れる的確な棒によって描かれる楽劇の神秘さ、人間臭さに感動せざるを得ない。

・リヒャルト・シュトラウス:楽劇「エレクトラ」作品58
ジーン・マデイラ(クリテムネストラ、アルト)
インゲ・ボルク(エレクトラ、ソプラノ)
マリアンネ・シェヒ(クリソテミス、ソプラノ)
フリッツ・ウール(エギスト、テノール)
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(オレスト、バリトン)
フレッド・テシュラー(オレストの保護者、バス)
レナーテ・ライネッケ(クリテムネストラの侍女、ソプラノ)
ヘルミ・アンブロス(裾持ちの女、ソプラノ)
ゲルハルト・ウンガー(若い下僕、テノール)
ジークフリート・フォーゲル(年老いた下僕、バス)
イローナ・シュタイングルーバー(監視の女、ソプラノ)
クヴェトカ・アーリン(下女1、アルト)
マルガレータ・ショーステット(下女2、コントラルト)
ジークリンデ・ワーグナー(下女3、コントラルト)
ユディット・ヘルヴィヒ(下女4、ソプラノ)
ゲルダ・シュライヤー(下女5、ソプラノ)
ドレスデン国立歌劇場合唱団(エルンスト・ヒンツェ合唱指揮)
カール・ベーム指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1960.10録音)

刺激が強過ぎて、続けて聴くのが憚られる衝撃の「エレクトラ」!!
冒頭、エレクトラの長いモノローグから金縛りに遭う如し。
インゲ・ボルクの何という熱量だろう。人間業とは思えぬ歌唱にただただひれ伏すのみ。
また、物語の後半、オレスト(フィッシャー=ディースカウ)との対話により復讐の狼煙が上がるその時の、エレクトラの陶酔を示す(ベームの生み出す)音楽の力の強烈さ、素晴らしさ。そして、クラマックスでのエレクトラの舞踏の歓喜よ!

初演後、シュトラウスが観客を電気椅子にかけているカリカチュアが描かれた。新聞が「音響的な放縦さ」と不協和音を非難すると、シュトラウスはこう言った。「仕方がないさ! 舞台で息子が母親を殺している時に、ヴァイオリン協奏曲みたいなのを弾かせるわけにもいくまい」
~同上書P174

聴衆に歓喜と興奮をもたらす楽劇の魔法。時が早過ぎただけだ。
録音から60余年を経てもカール・ベームの遺産は燦然と輝く。

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