ゲッダ ロス・アンヘレス プレートル指揮パリ管 マスネ 歌劇「ウェルテル」(1968.9&1969.6録音)

マスネは現代の音楽家のうち、いちばん確かな人気を集めた人だった。また、人びとがマスネに対して寄せたその人気が、今度は音楽界において彼が占めつづけた特別な地位を彼に与えたのであった。
「マスネの死」
(『マタン』紙1912年8月14日)
杉本秀太郎訳「音楽のために ドビュッシー評論集」(白水社)P205

ジュール・マスネの死に際し、ドビュッシーが寄せたマスネ賛の短い論が興味深い。
何よりマスネのメロディ・メイカーとしての才能をドビュッシーは絶賛する。実際、「マノン」にしても「ウェルテル」にしても、暗澹たるかの不倫の悲劇が明朗で美しい音楽によって人情深い、昼メロ的現代ドラマとして描かれ、それが人々の人気を得るのだから面白い。たぶん、古今東西いつ何時であれ、人間の性を刺激するテーマなのだと思う。

隣家の者が火薬の閃光を見、銃声をききました。しかし、それきり静まりかえってしまったので、そのまま気にとめませんでした。
翌朝の6時に、従僕があかりを持って部屋に入りました。床の上に主人がたおれているし、ピストルが落ちていて、血がながれていました。大声で呼んで、主人の体をかきおこしました。もう返事はなく、ただ咽がごろごろと鳴っているだけでした。

ゲーテ作/竹山道雄訳「若きウェルテルの悩み」(岩波文庫)P178

ゲーテの原作では、ピストル自殺を図った孤独なウェルテルの遺体をようやく翌朝になって従僕が発見するのに対し、マスネのオペラでは、シャルロッテによって発見されたウェルテルは一旦意識を取り戻し、二人は愛を確認し合い、接吻しながらのウェルテルの死という幕引きとなっている。ここでのウェルテルの最期の言葉が何とも悲しい。

自分が死んだら人里離れた谷間に自分を葬り、密かに訪れて涙を流してくれ。
スタンダード・オペラ鑑賞ブック5「フランス&ロシア・オペラ+オペレッタ」(音楽之友社)P178

そもそもの不倫という関係の哀しさよ。

・マスネ:歌劇「ウェルテル」
ニコライ・ゲッダ(ウェルテル、テノール)
ヴィクトリア・デ・ロス・アンヘレス(シャルロッテ、ソプラノ)
マディ・メスプレ(ソフィー、ソプラノ)
ロジェ・ソワイエ(アルベール、バス・バリトン)
ジャン=クリストフ・ブノワ(法務官、バリトン)
クリストス・グリゴリオウ(ヨハン、バリトン)
アンドレ・マラブレラ(シュミット、テノール)
フランス国立放送合唱団(モニーク・ヴェルディエ合唱指揮)
ジョルジュ・プレートル指揮パリ管弦楽団(1968.9.6, 7,9-14, 16 & 1969.6.10-12録音)

前奏曲から実に官能的かつ荘厳な調べがプレートルの指揮によって紡がれる。
物語の進行、起伏に合わせ音楽は山あり谷あり、見事な音調。際立った集中力に支えられ、聴く者を飽きさせることのない方法に感激。僕は思わず繰り返し2度も聴いた。
それに、舞台をリアルに想像させる音像効果というのか、あまりのマスネの際立った作曲技量に感嘆し、同時にプレートル指揮パリ管の演奏にも驚嘆するのだ。

9月3日
ときどき不可解な気がする。私がこれほどにもただあのひとだけを、これほどにも熱く、これほどにも胸いっぱいに愛して、あのひとのほかには何も知らず、何も解せず、何も持ってはいないのに、どうしてほかの男があのひとを愛することができるのだろう? 愛することが許されるのだろう?

ゲーテ作/竹山道雄訳「若きウェルテルの悩み」(岩波文庫)P109

良心とその呵責の間で葛藤するウェルテルの心情をニコライ・ゲッダは特別な歌唱で歌い切る。
とろけるような、呼吸の深いその歌はウェルテルの悶えるほどの愛情を投影するのだ。指揮者のプレートルも十分に感じているように思われる。嗚呼、美しき哉。

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