CHARIOTS OF FIRE music from the original soundtrack by Vangelis (1981)

ヴァンゲリスが亡くなった。
彼の創造した音楽のすべてをもちろん聴いたわけではないのだが、残された映画音楽のいくつかを聴いて、彼の持つ音楽的イディオムの多彩さに僕はつい唸ってしまった。何より音楽からほとばしる生気、そして、映像をはっきりと想像させる音の力。さらには、人後に落ちない旋律の美しさ。そう何人も天才がいては不都合だろうが、間違いなく天才の一人だと思う。

小野憲次 日本のテレビにしても、映画にしても難しいのは、これは、かなり好ききらいの問題になるかも知れないんだけど、ドラマとか、ドキュメンタリーでもそうなんだけど、情緒とか心理の綾とかが、肉体まで到達しないわけ。肉体があって、自然があって、ものすごくナチュラルな部分と肉体的な部分が両極にあるとするよね。すると、どうもそのまん中の情緒とか・・・
立川直樹 そう、変なメンタリティー。濡れてるわけ。だけど、ヴァンゲリスの場合、メンタリティーの向う側にあるものに、突きぬけちゃうからね。

~P33P 50013ライナーノーツ

立川さんの巧みな表現に膝を打つ。映画、映像にとって音楽の必要性、そしてその音楽をヴァンゲリスほど的確に付すことができた人はいないというのである。

トーマス・マンのワーグナー論を思った。

絵画は、偉大な芸術で、全体芸術作品と同じくらい偉大である。絵画は、全体芸術作品に対しても独力ということを固執してきたし、ワーグナーによれば現在もそうである。だが絵画は彼を感動させないのである。彼はこの点偉大でないから、これによって人々は絵画の本質が傷つけられたと感ずる必要はないのである! それは造形芸術が、過去のものとしても、生命ある現在のものとしても、彼に語りかけるものをもっていないからである。彼の作品と並んで生長している偉大なもの、すなわちフランスの印象主義絵画を彼はほとんど見ない。それは彼には無縁のものである。絵画と彼の関係といえば、ルノワールが彼の肖像を描いたという事実だけに限られるのである—その絵はワーグナーを必ずしも英雄化せず、また彼もその絵がたいして気に入らなかったらしいが。彼の文学に対する態度が造形芸術に対するのとは全く異なっていたことは明らかである。文学は、とくにシェークスピアを通じて生涯、無限のものを彼にあたえた。自らの才能を称揚した理論のなかで、彼のいわゆる《文芸詩人》についてほとんど同情的に彼は語っていたが。しかしそのようなことはどうでもよいのである。彼自身文学に巨大なものを贈って、文学を自らの諸作品で豊かにしたからである。—もちろんこれらの作品の場合決して忘れられてならないことは、それらが読まるべきでないこと、もともと言葉の芸術でなく《音楽的幻影》であって、形象、身振り、音楽による補足を必要とし、これらすべての共同作用で初めて文学として完成されることである。
「リヒャルト・ワーグナーの苦悩と偉大さ」(1933年4月)
トーマス・マン/小塚敏夫訳「ワーグナーと現代」(第2版)(みすず書房)P82-83

文学と音楽を融合したワーグナーの綜合芸術には確かに突きぬけた変なメンタリティーがある。そう、やっぱり濡れているのである。(笑)

Renoir, Pierre Auguste Portrait of Richard Wagner (1882)

果たしてヴァンゲリスはワーグナーの生まれ変わりではないのかと思えるほど全体観を有し、映画をより鮮明かつ有機的なものに仕立て上げる。映画も然り。

・CHARIOTS OF FIRE music from the original soundtrack by Vangelis (1981)
-Titles
-Five Circles
-Abraham’s Theme
-Eric’s Theme
-100 Metres
-Jerusalem
-Chariots of Fire

Personnel
Vangelis (all instruments)
Ambrosian Singers (choir)
John McCarthy (choir director)

映画のサウンドトラックと侮るなかれ。すべての楽器をヴァンゲリスが操り、何と多彩で哀感溢れる音楽が奏でられることか。大事なことは一つ一つの音が織り成す物語だ。ワーグナーの生み出した音楽同様、映像を明確に髣髴とさせる、文字通り「メンタリティーの向う側にあるものに突き抜けちゃう」潔さ。発表から40余年を経て今なお燦然と輝く逸品だ。

有名な”Titles”の心躍る美しさ。まるでReturn to Foreverの方法を模倣するかのように優しい”Abraham’s Theme”の純真。そして、魂の高揚を促すような”Eric’s Theme”に潜む冬の心理。あるいは、ヒューバート・パリー作曲の名作”Jerusalem”の敬虔な歌。しかしやっぱり一番は、20分超を要する”Chariots of Fire”の誉れ高き造型の神秘だと僕は思う。ああ、なるほど、そうか、これらはブラッド・メルドーの音楽に感じる崇高さに近いのだ。久しぶりに聴いて、僕はやっぱり感動した。

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