フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィル ベートーヴェン 交響曲第5番ほか(1954.5.23Live)

御年90を超えるバルバラ・フレーメルさんのフルトヴェングラーにまつわる証言が興味深い(子どもの頃、あるいは若い頃のエピソードが大半ゆえ記憶違いの部分もたぶんにあるだろうが)。
フルトヴェングラーの死についての話。

フルトヴェングラーが亡くなったときに、・・・私は行きませんでしたが、母がヴィニフレートとハイデルベルクに行きました。母は埋葬に行ったのです。死の直前は、確かハイデルベルクの病院に入院していたはずです。母によると、耳が聞こえなくなってきたこともありますが、非常に負担を感じていたようです。それであまり長くは生きたくないようでした。歳を取りたくなかったようです。自殺ではないでしょう。入院したのは、風邪だったか、癌だったか理由がありました。母がどこかに書いていると思うわ。詳しい病名はわからないけど、いずれにしても特別な治療が必要だったのは確かです。
バルバラ・フレーメル/取材・文 眞峯紀一郎・中山実「バイロイトのフルトヴェングラー バルバラ・フレーメル夫人の独白」(音楽之友社)P70

カラヤンとの不仲を考えてみても、フルトヴェングラーほどプライドの高かった人はいないように思われる。

カラヤンに対しては、ものすごい対抗意識がありましたね。ザルツブルクでフルトヴェングラーが上演したときと主な役がほぼ同じ配役で、カラヤンがレコード録音を行ったことに対してかなり怒っていました。
~同上書P61

それに、フレーメルさんの回想によると、有名な51年のバイロイトの《第九》のときもすでに難聴が悪化していて、実にナーヴァスになっていたそうだ。

それはともかく、オーケストラの人たちは、彼に魅惑され感動していました。私もこれほど彼が集中していたのを見たことはありません。オーケストラの人は感激していましたが、リハーサルで第1ヴァイオリンの人が何か尋ねたときに、二度、三度聞いていたのですが、何を言ったのかわからなかったようです。彼の難聴が始まっていたのです。でも音楽はもう染みついていますから、指揮をするには問題なかったようです。
~同上書P52

音楽の化身たるフルトヴェングラーの真骨頂。しかし、ステージを降りるとまるで子どものような性質の、特に身内に対しては傲慢な姿勢を示してしまう幼稚な人(?)だった。

彼は奥さんに対して、傲岸でナーヴァスに接していました。お話したように、すでに聞くことが困難(難聴)だったからだろうと思います。
~同上書P56

難聴ばかりのせいではなかろうと僕は思う。
これほどの逆境と、そして自身のナーヴァスな性格とが相まって、ある意味神経質ともいえる音楽が生み出されたのだろうか。年を経るにつれ彼の音楽はより静かな、安定したものになっていったことは間違いない。特に最後の年の演奏は、どれもが諦念に支配されるもので、「白鳥の歌」のような潔さを醸し、荘厳で美しい。

ベートーヴェン:
・交響曲第6番ヘ長調作品68「田園」
・交響曲第5番ハ短調作品67
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(1954.5.23Live)

ベルリンはティタニア・パラストでのライヴ録音。
ライヴとはいえ、とても大人しい、踏み外しの少ない演奏は、フルトヴェングラーの枯淡の境地といえるのかどうなのか(難聴は彼の生み出す音楽の造形に間違いなく影響を及ぼしただろう)。いずれも得も言われぬ感動を与える演奏だが、「田園」は、第1楽章冒頭が欠落しているのが残念。また、終楽章は動的で、かつ思念がこもり、何より暗澹たるコーダは相変わらず祈りに溢れ、美しい。

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