クーベリック指揮バイエルン放送響 マーラー 交響曲第6番(1968.12録音)

回想記とはいえ、おそらく捏造部分は多いであろうアルマ・マーラー=ヴェルフェルの「わが愛の遍歴」。内容を鵜呑みにせず、ひとつのありふれた恋愛私小説だと思って読んでみると意外に面白いもの。まずは、鬼才アレクサンダー・フォン・ツェムリンスキーとの逢瀬。

こうして私にとって熱意のこもった修業期間が始まった。その間なにもかもほかのいっさいは色あせたものとなった。ツェムリンスキーは醜悪な矮人であった。小さくて、頤がなく、歯は欠けていて、いつもカフェーの臭いをさせ、きたなかった・・・しかし彼の鋭く激しい精神のちからで、彼はこのうえもなく魅力的な人となっていた。
アルマ・マーラー=ウェルフェル/塚越敏・宮下啓三訳「わが愛の遍歴」(筑摩書房)P22

後年の記述とはいえ、腹蔵ない直截的な表現は実にシビアだ。

私たちは抱きあった。私はつづけて稽古をしようとしたが、私の幻想はうっとりと酔っていたのだった。そんなになってしまっても、いくじがなかったので、命から2番目のものは守ってしまったのだった。世間知らずの女であった私は、処女の純潔を、それが守られねばならないと思いこんでいたのだった。それは時期にかかわる問題ではなくて、私の心にかかわることであった。私はなかなか征服されなかった。とにかくこの時期において私にとって絶対的なものは音楽であった—おそらく私の生涯におけるもっとも幸福な、なんの煩いとてもなかった時期であっただろう。
~同上書P22

表現がベタ過ぎて逆に萎える(笑)。嘘か真か、そういうことらしい。
あるいは、グスタフ・マーラーとの逢瀬。

ドーナウ河に沿って散歩した。そのときマーラーは「第4交響曲」の意義を私に語ってくれた。そのころ私たちは婚約をしていたのであったが、彼のいうことをそのまま信じこもうなどという気持はさらになかった。というのも彼は、婚約したその瞬間から、いままでの調子を変えてしまったからなのだ—かつてはうやうやしい恋人の調子が、いまや不意に教育係の調子に変わったのだ。しかしそれに応じて私の最初に懐いた無条件の敬虔な気持も失われてしまった。
~同上書P25

おそらくロベルト・シューマンもそういう癖があったのだろうと想像するが、グスタフ・マーラーのいわゆる「関白宣言」的豹変は、その時代の男性の常であったのだろうし、それをやっぱり後々になって明かしてしまうアルマも相当に癖のある女だっただろうことが想像できるのである。

大仰な、リヒャルト・ワーグナーとはまた異なる誇大妄想癖のマーラーよ。

・マーラー:交響曲第6番イ短調「悲劇的」(1904)
ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送交響楽団(1968.12録音)

未だブームになる前のマーラーの、草分け的録音。
颯爽と突き進む第1楽章アレグロ・エネルジコ・マ・ノン・トロッポから何と情熱的なのだろう。続くスケルツォの焦るような性急な調子に、当時のマーラーの精神の高揚を思う。あるいは、第3楽章アンダンテ・モデラートは、しっとりと優美な音調で、当時のマーラーの、あるいはアルマの内なる平和を表すようで心地良い。圧巻はやはり終楽章アレグロ・モデラート—アレグロ・エネルジコの、運命の苦悩よりも目先の官能、または幸福を感じさせる音楽よ(「悲劇的」というタイトルが霞んでしまう)。

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