その夜ステージで何が起こったのかを完全に理解するには数年かかった。私はそのコードを弾いたとたん、間違った音だと判断した。だがマイルスは判断しなかった—彼はただ演奏された音を聴き、とっさにそれを挑戦だと受け取った。“どうやったらそのコードをおれたちがやっている音楽に溶け込ませることができるか”と考えたのだ。彼は正否の判断をせず、それを受け止め、見事に変容させた。マイルスはバンドを信頼していたし、自分自身を信頼していた。彼は私たちに、いつもそうしろと言っていた。それは私がマイルスから学んだ多くの教えのひとつだった。
~川嶋文丸訳「ハービー・ハンコック自伝 新しいジャズの可能性を追う旅」(DU BOOKS)P7
ハンコックの回想にはそうある。
もうこのエピソードだけでマイルス・デイヴィスの偉大さが伝わる。
マイルスは判断しない。ただ受け止め、そこから自らの音楽を創造するのだ。インタープレイというように、そこには自他への信頼と調和がいつもあった。
・MILES IN BERLIN (1964.9.25Live)
Personnel
Miles Davis (trumpet)
Wayne Shorter (tenor sax)
Herbie Hancock (piano)
Ron Carter (bass)
Tony Williams (drums)
冒頭の名曲”Milestones”から実に刺激的。音楽に勢いがあり、また驚異的な(?)求心力に満ちている。マイルスを中心にした黄金クインテットの、恐るべきライヴは、60年近くを経ても新鮮だ。何という革新!! おそらく、少なくともマイルス以外の面々は相当の緊張の中でプレイしていたのだろうと想像する。続く、”Autumn Leaves”の哀愁。そして、切れ味鋭い刃物のような外見の”So What”は、内からほとばしる熱気がスタジオのそれを凌駕する。何より若きトニー・ウィリアムスの激震のドラムスよ。
10代でマイルスのグループに加入したドラムスの天才トニー・ウィリアムスは炎のように叩きまくり、ロン・カーターの指はベースのネックを目まぐるしく上下し、ウェイン・ショーターのサックスは高らかに咆哮している。5人が一体となり、音楽は淀みなく流れている。
~同上書P6
ハンコックによる、スウェーデンはストックホルムでの同時期のライヴの描写は実に鮮明だ。5人の天才が集合すると、どれほどの力が掛け算されるのか。リーダーであったマイルスの、生き様はどうであれ、音楽をするときの心のあり方がすべてを生み出していたのだと知ったとき、彼の生き方がそれこそ僕たち凡人の人生かけてのあり方の見本のように思えてならない。熱い、熱い、すべてが熱い。観客の熱狂も凄まじい。
古典的名作“Stella by Starlight”がうねる。