Pink Floyd “Animals” (2018 Remix)

ロジャー・ウォーターズは、オーウェルの「動物農場」にインスパイアされ、傑作「アニマルズ」を生み出したのだといわれる。今あるこの社会を、「ブタ」すなわち支配層、「イヌ」すなわち強欲なビジネス界のエリート、そして「ヒツジ」すなわち従順で感情を失った労働者にたとえたそうだ(本当かどうかはわからない)。
しかし、不昧にはほど遠い僕たち人間はそもそも動物と何ら変わりがないだろう。
それならば、痛烈な批判をしたといわれるそのコンセプトすらナンセンスだと今僕は思う。

一説にはソヴィエト連邦など、社会主義を批判した小説だといわれる。
しかし、より大きな視点でとらえると、目には見えない支配層に洗脳された我々一般庶民が今こそ目覚め、そして、真の平和を、争いや諍いのない世界を作るために立ち上がるときだということを示唆する檄のように思えなくもない。

権力者が駆逐されると、新たな権力者が現われ、また別の支配が始まるものだ。
人間の欲望とは終わりがない曲者だとつくづく思う。

とうとう、自分が言いたくても見つけられない言葉に多少なりともかわるものだと感じて、彼女は「イギリスの獣たち」を歌い始めました。まわりにすわる他の動物たちもそれに唱和して、みんなで三回それを歌ったのです—実に旋律豊かに、でもゆっくりと悼むような、これまで一度も歌ったことのないやり方で歌いました。
ちょうど三回目を歌い終えたとき、スクウィーラーがイヌを二匹従えて、何か重要な発言がありそうな雰囲気を漂わせつつ近づいてきました。同志ナポレオンの特別布告により「イギリスの獣たち」は廃止された、とかれは宣言しました。今後はそれを歌うのは禁止だ、と。
動物たちは唖然としました。
「どうしてですか?」とミュリエルが叫びました。
スクウィーラーは堅い口調で答えました。「もう必要ないからだよ、同志。『イギリスの獣たち』は反乱の歌だ。でも反乱はいまや完成した。今日の午後の裏切り者たちの処刑がその最後の活動だ。これで外部の敵も内部の敵も打倒された。『イギリスの獣たち』では、我々は来る時代のもっとよい社会に対する希望を表現していた。でもその社会がいまや確立されたのだ。明らかにこの歌はもはや何の役目も果たさない」
みんな怯えていたとはいえ、動物たちの一部はここで抗議の一つもしようかというところでしたが、この瞬間にヒツジたちがいつものように「四本足はよい、二本足は悪い」とメエメエわめき始め、これが数分続いたので議論も終わってしまいました。
だから「イギリスの獣たち」はもう聞かれることはありませんでした。」

ジョージ・オーウェル/山形浩生訳「動物農場(新訳版)」(ハヤカワ文庫)P99-100

物語の頂点はここにある。
「イギリスの獣たち」は老齢のヨークシャー種のオスブタであったメイジャーが、人間の恐るべき支配から脱却し、平等たるすべての動物同志が一丸となって真の平和を築こうと鼓舞する夢の歌であった。
ちなみに、間抜けなヒツジたちが事あるごとに連呼する「四本足はよい、二本足は悪い」という格言は、若いオスブタであるスノーボールが七戒を動物主義の本質原理として一つに集約したものだが、これまた何も考えず、馬鹿みたいにお上の言うことに従う現代人の諸相にぴったりだ。

イギリスの獣たちよ、アイルランドの獣たちよ
あらゆる地域と気候の獣たちよ
輝ける未来の時代を告げる
我が喜びの報せを聞け。

遅かれ早かれその日はくる
圧政者人類が追放され
イギリスの肥沃な農場を歩くのは
獣たちだけになるだろう。

~同上書P17-18

しかし、なるほど熟考すると、そもそもこの「イギリスの獣たち」も内容が排他的であることが大きな問題であることがわかる。生きとし生けるものすべてを肯定し、人事物、起こるすべてが必要にして必然であることという真理を本来僕たちは見抜かねばならない。

残念ながら、オーウェルの思考自体も1940年代初頭当時そこまでは至っていないように思われる。
一方、(1970年代の)ウォーターズの思想もやはり目先の現代社会の闇たる諸相にまでしか行き届いていないように見える。ただし、ピンク・フロイドの音楽は永遠だ。録音から45年余りの時を超えても人々に訴えかける力は倍加、どころか何倍ものエネルギーになっている。
今あらためて傾聴すべき傑作が新たなリミックスで世界に現われた。

Pink Floyd:Animals (2018 Remix)
・Pigs on the Wing (Part One)
・Dogs
・Pigs (Three Different Ones)
・Sheep
・Pigs on the Wing (Part Two)

Personnel
Richard Wright (Hammond organ, ARP string synthesizer, Fender Rhodes, Minimoog, Farfisa organ, piano, clavinet, EMS VCS 3, harmony vocals)
David Gilmour (lead vocals, lead guitar, bass guitar, acoustic guitar, talk box)
Roger Waters (lead vocals, harmony vocals, acoustic guitar, rhythm guitar, bass guitar, tape effects, vocoder, sleeve concept)
Nick Mason (drums, percussion, tape effects, graphics)

アルバムの白眉は、音楽的な意味でもちろん最長の”Dogs”なのだけれど(ここでのギルモアのリード・ヴォーカルは絶品)、個人的には劈頭と掉尾を飾る、ウォーターズの弾き語りである短い” Pigs on the Wing”こそ肝であるように思う。

Now that I’ve found somewhere safe
To bury my bone
And any fool knows a dog needs a home
A shelter from pigs on the wing.

「ブタ」には翼があることをウォーターズは知っていた。今のままだと監視からは逃れられないのだと。安全な場所など見つかるはずもない。安全な場所を作らなければ。そして、その安全な場所は一人ひとりの心の静寂の中にあるのだということを知らねばならない。
要は、僕たち一人一人が真に目覚めるしかないのだ。

人気ブログランキング


1 COMMENT

朝比奈隆指揮大阪フィル ヴォルフ=フェラーリ 歌劇「マドンナの宝石」第2幕間奏曲(1973録音) | アレグロ・コン・ブリオ へ返信するコメントをキャンセル

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

アレグロ・コン・ブリオをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む