ちょうど10年前、オットー・クレンペラー最晩年のベートーヴェン・ツィクルスの映像を題材に僕は音楽講座をもっていた。記憶の彼方だったけれど、そこに参加された方々の多くが、老巨匠の圧倒的なベートーヴェンを息を潜めて聴きながらため息をもらされていたことを思い出す。それは、当時は一般にリリースされていなかったが、今はオーソライズされて誰もが音盤セットとして手にできる代物になっている。
久しぶりにクレンペラーのベートーヴェンを聴いて思ったこと。
ウォルター・レッグによって収録された一連のベートーヴェン演奏はいずれもが名演奏だ。第7番など3種も録音されているが、どれもが真の名演として語り草になるであろうもの。一方の第4番はわずか1種。しかしそれがまた、素晴らしい出来なのだからすごい。
渾身の第4番はクレンペラーにとって会心だったのだろうか、堂々たる造形でありながら明朗かつ推進力に富む表現で、これ以上のものはないのではないかと思わせるほど。
日曜日にはクレンペラーのところで昼食をとりました。クレンペラーはベートーヴェン・ツィクルスを終えたばかりで、月曜日には最新のレコード録音をし、調子は最高のようで、ロンドン中がそのコンサートに心を奪われました。これから1ヵ月はチューリヒにいるとのことです。
(1957年2月18日付、フリーデリント・ヴァーグナーからヴァルター・フェルゼンシュタインへの手紙)
~E・ヴァイスヴァイラー著/明石政紀訳「オットー・クレンペラー―あるユダヤ系ドイツ人の音楽家人生」(みすず書房)P219
おそらくこの頃がクレンペラーの全盛期だったのだろうと思う。