ピリス カストロ シューベルト ロンドイ長調D951ほか(2004.5録音)

梅毒に冒され、それが死の遠因となった説がある。
あるいは、死の1ヶ月前に食した魚が原因で腸チフスに罹患し、それが原因で亡くなったという説もある。いずれにせよ31歳での死はあまりに早い。
フランツ・シューベルト。
1000曲近い作品を残したといわれる彼の作品群は、いずれもが歌に充ち、美しい。
およそ言葉では表現できない音楽には見事な光があり、翳がある。俗っぽい旋律の中に垣間見られる神性、あるいはその逆。モーツァルト同様、凡人には決して真似のできない天才がそこにはあった。

1816年、シューベルトは日記をつけ始め、一人孤独なその心に浮かぶ風変わりな思いを書き留めた。「人類は信仰を携えてこの世にやって来た。信仰は知識や理解よりもはるか上位にある。それは、何かを理解するには、まずはじめにそれを信じなければならないからだ。理由とは信じたことを分析したものに過ぎない」。貧困で苦境の中にいた時は、こう書き残している。「人間はつぶやきもせず不幸を耐え忍ぶが、その不幸をより痛切に感じている。それなのになぜ、神は我々に憐れみを与えて下さるのか?」別の機会には、こう書いている。「この世は舞台に似ていて、人間は各自その上で何かの役を演じている。この演技に対して、称賛か非難が来世で待ち構えているのだ」。
パトリック・カヴァノー著/吉田幸弘訳「大作曲家の信仰と音楽」(教文館)P79-80

こういう言葉を見ると、彼が夭折しなければならなかった理由がよくわかる。人間離れした(拡張された)意識こそが崇高な、後世にまで残る音楽を創造したのであろう。しかしながら、彼の弱点は、すべての事象を認め、生かすことができなかったところだ。真の意味での慈悲を受け止めることができなかったのである。

このぜんぜん内面的な幻像と、自分の求める神についての外部からの暗示とのあいだに、ようやく徐々に無意識的に連絡ができあがった。それはしかしだんだん密接になった。私は自分がこのほのかな夢の中でアプラクサスに呼びかけたのを感づきだした。歓喜と戦慄、男と女とが混じ、最も神聖なものと最もいとわしいものとがもつれあい、このうえなく柔らかい無邪気さの中に深い罪がけいれんしている—私の愛の幻像はそういうふうだった。アプラクサスもそういうふうだった。愛はもはや、私がはじめ悩ましく感じたように、動物的に暗い衝動ではなかった。それはまた、私がベアトリーチェの姿にささげたような、敬虔に精神化された崇拝でもなかった。愛はその両者であり、さらにそれ以上であった。それは天使と悪魔、男と女とを一身に兼ね、人と獣であり、最高の善と極悪であった。これを生きることが自分の持ちまえであり、これを味わうことが自分の運命であるように思われた。私はこの運命に対しあこがれを持ち、また不安をいだいた。
ヘルマン・ヘッセ/高橋健二訳「デミアン」(新潮文庫)P141-142

デミアンの思念は実に人間らしい告白だ。おそらくシューベルトにも同様の思いはあっただろう。そして、その意念が彼の音楽作品に顕れているのだろうと思う。

シューベルト:
・4手のための幻想曲ヘ短調D940(作品103)(1828)
マリア・ジョアン・ピリス(ピアノ)
リカルド・カストロ(ピアノ)
・4手のためのロンドイ長調D951(作品107)(1828)
リカルド・カストロ(ピアノ)
マリア・ジョアン・ピリス(ピアノ)
・ピアノ・ソナタ第13番イ長調D664(作品120)(1819)
マリア・ジョアン・ピリス(ピアノ)
・ピアノ・ソナタ第14番イ短調D784(作品143)(1823)
リカルド・カストロ(ピアノ)
・4手のためのアレグロイ短調D947(作品144)「人生の嵐」(1828)
リカルド・カストロ(ピアノ)
マリア・ジョアン・ピリス(ピアノ)(2004.5録音)

昔はすべてが長尺に感じたシューベルト。しかし、今となってはずっと浸っていたいと思わせるほど最晩年のピアノ4手のための作品群が素晴らしい。終わることのない、滔々と流れる大河の如くの旋律美は、死の淵を彷徨うシューベルトの至高の産物なのかどうなのか。
特に僕のお気に入りはロンドイ長調D951。ピリスとカストロ、2人が一体となってシューベルトの愛と不毛をピアノで紡ぐ様に心が動く。純白の精神を湛えた音楽は、果たして俗物シューベルトの仮我を投影しているのか? 少なくともこの音楽にはシューベルトの本性が宿る。真理が明滅し、森羅万象を包み込む奇蹟がここにはある。

ピリスとカストロそれぞれが役割を担ったソナタをもちろん最高だ。

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