
テオフィール・ゴーティエ(1811-72)の詩集「死の喜劇 La comédie de la mort」から選り抜きの6編に付曲したエクトール・ベルリオーズの天才。
果たして誇大妄想癖は、死というものをどう捉えたのか?
あくまで生の連なりとしての、生と同質のものとして考えるのかどうなのか、詩そのものは悲しげな、慟哭を刻むけれど、音楽はいかにもベルリオーズらしく、決して抹香臭くなく、また単に哀感を助長するものでもなく、生きることの希望や死への憧憬や、すべてが繊細に、そして美しく奏でられる。
オッターのメゾが人間臭く、心情を表にする様子に感化される。
ベルリオーズの音楽とはこれほどまでに美しいものだったのか?
何より第4曲「君なくて」の素晴らしさ。
戻って来ておくれ、私の愛する人よ! 太陽の光をさえぎられた花のように、あなたの微笑みを失ってから、私の命の花はしおれてしまった。
~「作曲家別 名曲解説 ライブラリー19 ベルリオーズ」(音楽之友社)P130
ベルリオーズの選択は相変わらず自己中心的なように思われるけれど、これらの歌曲に感化される人は多いことだろう。
町でファウストにナンパされたマルグリートが、誘いを断って部屋に戻ったところ、何だか彼のことが気になって口ずさむ歌、「ファウストの劫罰」第3部、マルグリートによる「トゥーレの王」は、オッターとタムスティによる掛け合いが聴きどころだが、むしろこの付録のような、5分と少しの歌が何だかとても哀愁溢れ、最高に素晴らしい。
人間的にはいろいろと問題はあっただろうが、作曲家としてのベルリオーズはやっぱり別格だ。