
シャルル・グノーの本領は、オペラと歌曲にある。
モーリス・ラヴェルは、グノーをして「フランスにおける歌曲の真のイノベーターであり、クラヴシニストの時代以降忘れられてしまっていた和声的な官能性の真髄を再発見した人物」だと評した。
グノーは150曲近い歌曲を出版したが、驚くべきはその3分の1が英語の歌詞だということだが(ほとんどは1870年秋から1874年春にかけてロンドン滞在中の作曲だが、中にはフランス帰国後に作曲したものも含まれる)、イタリア語、スペイン語、あるいはドイツ語で書かれた歌曲も多数あるグノーは、ユゴー、ミュッセ、ゴーティエ、ラマルティーヌといった優れた詩人や、ラシーヌ、ラ・フォンテーヌ、バイフ、ロンサールといった文学者を好んで選んだだけでなく、軽妙なタッチで詩に命を吹き込みながら言語の流暢さを保つことでそれぞれの詩人に相応しい音楽を生み出したためそのほとんどが注目に値するものになっている。
グノーは言葉の意味だけでなく、音の質、行のバランス、フレーズの長さの多様性にも敏感で、詩の抑揚や表現力豊かな言葉遣いのリズムに忠実に旋律を付し、テクストの雄弁さをより強調する方法で作曲したのだ。彼の歌曲を一言で表現するなら、それは「雄弁さ」である(その点で、彼は宗教演説家であるアンリ・ラコルデールからヒントを得た可能性がある)。
(ジェラール・コンデ)
実際、グノーの歌曲は、聴くほどに、ポピュラー音楽ではないのかと思えるほど美しく、そして親しみやすい旋律に溢れている。母国語だけでない、様々な言語の詩に付曲できたのは、彼の音感、リズム感の確かさからだろう。しかもそれらがすべて(どこかで聴いたことのありそうな)心に染み入る音楽なのだからなお素晴らしい。
それにしても「コラール・ミサ」の、いかにも優しい、そして崇高さを併せ持つ音楽の美しさ。
われはきく、よもすがら、わが胸の上に、君眠る時、
吾は聴く、夜の静寂に、滴の落つるを将、落つるを。
常にかつ近み、かつ遠み、絶間なく落つるをきく、
夜もすがら、君眠る時、君眠る時、われひとりとして。
(ガブリエレ・ダンヌンチオ「声曲」)
~「海潮音 上田敏訳詩集」(新潮文庫)P19
