ランチタイム コンサートVol.122 實川風 J.S.バッハvs爛熟のロマンティシズム

「J.S.バッハvs爛熟のロマンティシズム」というテーマに惹かれた。
正味45分強の内容にもかかわらず、充実の、満足の行くリサイタルだった。

バッハは未来から来た人だったのか?
ペダルを多用し、幾分レガートを利かせ、19世紀末の絢爛、というか退廃に引きずられた浪漫のパルティータに僕は感動した。当初はウィーン後期ロマン派の作品をバッハの2曲で挟むという構成だったが、アーティストの希望により前半がウィーン後期ロマン派、後半がバッハという曲順に変更された。お蔭でバッハの未来的志向、革新的側面が強調されたように僕には思われた。
バッハの偉大さはその器の大きさだろう。様々な解釈を、あらゆる方法を飲み込むほどの普遍性とでもいうのか、ツェムリンスキーやマーラーの浪漫に引けを取らない幅の広さ(?)に感激した。

ランチタイム コンサートVol.122 實川風
J.S.バッハvs爛熟のロマンティシズム
2023年7月6日(木)12:15開演
トッパンホール
・ツェムリンスキー:「デーメルの詩による幻想曲集」作品9(1898)より第1曲「夜の声」
・マーラー:交響曲第5番嬰ハ短調より第4楽章アダージェット(1902)(オットー・ジンガー編)
・シェーンベルク:6つのピアノ小品作品19(1911)
・J.S.バッハ:羊は安らかに草を食み(カンタータ第208番「楽しき狩こそわが悦び」BWV208より)(1713)(エゴン・ペトリ編)
・J.S.バッハ:パルティータ第2番ハ短調BWV826(1727)
~アンコール
・ツェムリンスキー:「デーメルの詩による幻想曲集」作品9より第3曲「愛」
實川風(ピアノ)

何という優しいピアノ! 最初のツェムリンスキーから音が不思議に柔らかく、中性的で、心に静かに訴えかけるのに痺れた。そもそも官能的(頽廃的)なデーメルの詩に触発された音楽が、とても詩的に、あるいは知的に響く様子に吃驚した。続くマーラーのアダージェットも、原曲に負けず劣らず、ピアノ独奏でこれほどまでに至純の愛を表現できるのかと思えたくらい。ここにあるのはもはや官能の愛ではなくいわゆる博愛だろう。クライマックスに向けて、割れんばかりの強音が鳴り響かんとするシーンにおいても無理せず抑制された音楽が繰り広げられた。静かに閉じられる、最後の和音の残響が消えてなくなるのを待つ瞬間のカタルシス。感激した(そのまま終楽章に突入して、喜びの讃歌が奏されていればもっと楽しかったのだけれど)。そして、前半の白眉ともいうべきシェーンベルクの6つのピアノ小品。世紀末の官能から神秘へと変化する、精神の内奥の顕現とでも評したい名演奏。稀代の頭脳派の音楽が、感覚的に、そして舞踊のように聴こえたことが大発見。嗚呼、素晴らしかった。

そして、少しのインターバルを置いて、後半のバッハの素晴らしさ。いずれの作品にも愉悦があり、踊り出さんとする力が漲っていた(とはいえ、力づくでないあくまで脱力的音楽)。
淡々と、しかし思いを込めて歌われるアンコールのツェムリンスキーも美しかった。
あらためて実演の素晴らしさ。感謝である(最近は専らこういう小さなコンサート通いが続くが、やっぱり実演に触れねば耳が衰えるのが歴然とわかる)。

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