アマデウス四重奏団 ハイドン 弦楽四重奏曲ヘ長調作品55-2 Hob.III:61「かみそり」(1972.12録音)ほか

アマデウス四重奏団による第1トスト四重奏曲の続きを聴く。
ヨーゼフ・ハイドンの、エステルハージ家に仕えることで錬磨された熟練の筆は、モーツァルトに大いなる影響を与えた。

通称「ハイドン・セット」出版に際し、モーツァルトが認めた献辞には次のようにある。

自分の息子たちを広い世に送り出そうと決心した父親は、当節きわめて高名であり、しかも、幸運にも最上の友となった方の庇護と指導のもとに、彼らを委ねるべきであると考えました。そこで高名にして、わが最愛の友よ、このようにしてわが6人の息子をお預けします。
池上健一郎著「作曲家◎人と作品 ハイドン」(音楽之友社)P89

ハイドンへの尊敬と愛情をもっての言葉には実に重みがある。
一方、これら新しい弦楽四重奏曲を聴いたハイドンは即座に父レオポルトに語り掛け、ヴォルフガングのことを激賞したといわれる。

ひとりの正直な人間として神に誓って申し上げますが、おたくの息子さんはわたしが見知っているなかでもとびきりすぐれた作曲家です。(よい)趣味を持っているうえに、膨大な作曲の知識まで身につけているのですから。
~同上書P88

古今東西あわせても世界最高峰と称しても過言でないモーツァルトへの賛辞に感動する。そしてまた(ちょうどモーツァルトが「フィガロの結婚」や「ドン・ジョヴァンニ」で成功を収めていた)1787年の冬、ハイドンは次のようにも言うのだ。

わたしが理解したり感じたりする限り、モーツァルトの作品は深遠で、音楽的な理性とすぐれた感受性を備えています。ですので、音楽を愛するすべての人、とりわけ著名な方々の心に、その類まれな作曲ぶりを刻み込みたいくらいです。そうすれば、この宝石を自分の城壁内に持っていたいと、各国が奪い合うでしょう。プラハはこの素晴らし人物を確保しておくべきです—もちろん報酬も払うべきですが。モーツァルトの音楽なしでは、偉大な天才たちの歴史は貧弱になりますし、後世にさらなる努力を促す励みにもなりません。なぜゆえにこんなにも希望に満ちた精神がくすぶっているのでしょう。腹立たしいことに、この唯一無二のモーツァルトはまだどこの皇室や王室にも雇われていないのですよ! 熱くなってしまって申し訳ありません。あの男のことが愛しくてたまらないものですから。
~同上書P90

天才同士の邂逅という奇蹟。とりわけヨーゼフ・ハイドンの天才を見抜く慧眼に恐れ入る。

ハイドン:
・弦楽四重奏曲第60番イ長調作品55-1 Hob.III:60(1972.9録音)
・弦楽四重奏曲第61番ヘ長調作品55-2 Hob.III:61「かみそり」(1972.12録音)
・弦楽四重奏曲第62番変ロ長調作品55-3 Hob.III:62(1972.12録音)
アマデウス四重奏団
ノーバート・ブレイニン(第1ヴァイオリン)
ジークムント・ニッセル(第2ヴァイオリン)
ペーター・シドロフ(ヴィオラ)
マーティン・ロヴェット(チェロ)

まるでハイドンの人柄を表すような、柔和ながら、それでいて芯の太い、地に足の着いた名演奏。音楽こそ喜びの表現といわんばかりの、肯定的な音色。
イギリスの楽譜出版社がハイドンの髭剃り中に偶々訪れ、そのときハイドンが「もしも私にイギリスの素晴らしい剃刀をくれる人がいるなら、御礼に素敵な四重奏曲を進呈するのだけど」と言ったといわれる、嘘か真か、そんなエピソードから通称「かみそり」四重奏曲といわれるヘ長調作品55-2の革新的美しさ。
規模の半分を占める2つの主題を持つ変奏曲である第1楽章アンダンテ・ピウ・トスト・アレグレットの構成の妙。同時に、作曲者への、作品そのものへの信頼を見事に形にするアマデウス四重奏団の巧さ。

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