意識を拡大・拡張すること。
今こそ日本人としての意識を高く持つことだと世界は言う（視座高く）。
日本が世界の源だという説もある。確かにそうなのかもしれない。
交響曲「神話」世界初演の翌日、武満徹とロジャー・レイノルズの対談にば次のようにある。
いま考えてみると、二見ヶ浦に感銘を受けた理由は、非常にはっきりしているんです。つまり僕は、あのふたつの岩そのものにではなく、それを結んでいる注連縄に魅せられちゃったんだろうと思うんです。もちろん、あの時は何に感銘を受けたのかは分からなかったし、だからこそ、その感銘の根っ子をさぐりたいと思って作曲をしたわけなんですが―そして、こういう言葉にしてしまうと、何かアッケなくなってしまいそうなんですが、要は自然に手を加える、その加え方、あるいは目的が、我々アメリカ人とあまりにもかけ離れていたというおとだろうと思うのです。
つまりアメリカ人は、便宜主義的に、あるいは実用主義的に、自然を様々に操作していますが、そういう観点からすると、二見ヶ浦に見られる人間の手の加え方は、一見全く何の意味もなさそうなことのために、あれだけ大きな規模で自然に手を加え、自然を改善したり、操作したりするというのは、当時の私には、全く未知の体験だったのです。
（1990年10月26日、紀尾井町倶楽部にて）
～「武満徹著作集5」（新潮社）P160
レイノルズが初めて日本を訪れたのは1966年1月のこと（ちなみに、その年に武満と初めて会ったらしい）。そもそもかつての日本人は信仰篤く、自然に単に手を加えたのではなく、まして芸術的な意図を持ったものでもなく、大自然と一体になる術としての注連縄という方法を持っていた。当時31歳だったレイノルズにとって自国との歴史、あるいは文化の深度の差を無意識にキャッチさせられた（当時はそのことに気づかなかったというが）体験はなんと衝撃的だったことだろう。先の言葉に対して武満徹は次のように応えている。
多分それには、宗教の問題が非常に強く関係していると思うんです。欧米人のキリスト教の世界と、我々日本人のような汎神論的な世界との違い。
また、二見ヶ浦のふたつの岩を、男の岩、女の岩に見立てる、そういう見方というのは、日本ではとても一般的なんです。例えばこの東京の周りでも、男の山、女の山と呼ばれている山はたくさんあるし、そして、その男と女をつなぐもの、—象徴としての綱には、神道の世界では実に色々な意味が込められているんです。そういう、自然の中に男性とか女性とか、あるいは岩を見て海に泳いでいるカメを連想するとか、そんな風に様々なものを見立てていく態度を、最近、建築家の磯崎新さんは「見立ての美学」と呼んでいるんですが、これは東洋的と言うよりも、たぶんかなり日本的なものなんじゃないかと思うんです。
～同上書P160
「見立ての美学」とは言い得て妙。八百万の神たる日本ならではの、日本人ならではの意識の拡張、というより意識の源流を思い出すべき時が、この対談から30余年を経た今、目前に迫っているのだと思う。
武満徹が監修した「サントリーホール国際作曲委嘱シリーズ」は1986年から98年まで22回を数えたが、その12回目がロジャー・レイノルズだった。
・ロジャー・レイノルズ：交響曲「神話」（1990）
佐藤功太郎指揮東京フィルハーモニー交響楽団（1990.10.25Live）
二見ヶ浦に触発されて創作された交響曲の、アメリカ人の視点から想像された神話の世界の見事な音化。僕はこの音楽を聴いて、歌川広重の「伊勢名所二見ヶ浦の図」を思った。1850年ごろの作だとされるこの錦絵の、真正面に据えられた（？）夫婦岩の、あまりに自然体の注連縄の神々しさ。
ところで、コレラで急逝した歌川広重の辞世の句は、「東路へ筆をのこして旅のそら 西のみ国の名ところを見ん」だといわれる。死んだら西方極楽浄土の名所を見て回りたいという意だが、全国を行脚した彼らしい句だ。今や弥勒の世になり、彼のその思いはついに叶ったのだと思う。
ちなみに、武満の解説によると、交響曲は以下の3つの楽章から成り立っている。
第1楽章「二見ヶ浦」
第2楽章「間奏曲」
第3楽章「衝突する藍色の岩」
そのタイトルからも分かるように核をなしているのは第1楽章と第3楽章で、それらは、それぞれ伊勢神宮の近くにある二見ヶ浦の「夫婦岩」と、漫画家ジョージ・ヘリマンの3コマ漫画に出てくる巨大な「手を叩く岩」という、二組の岩からインスピレーションを受けているわけです。
～同上書P159
嘘か真か、夢か現か、「間奏曲」を鏡に、（静中の動、あるいは動中の静という）二元世界の大いなる対比が、レイノルズを媒介に発露される様子が素晴らしい。
