Queen II (1974)

まっすぐ家の中を覗き込んでいる人物は、いつかわたしの見たあの男だった。こうして、あの男はふたたび、前よりいっそうハッキリとはいえないが、前よりいっそう慣れなれしさを示す近さで、姿を現わしたのだ。彼と顔合わせしたとたんに、わたしはハッと息が止まり、体がぞくぞく寒くなった。
ヘンリー・ジェイムズ/蕗沢忠枝訳「ねじの回転」(新潮文庫)P65

屋敷の子どもたちを地獄へと引きずり込もうとする亡霊を「わたし」は見た。
たぶんそれはおそらくわたし自身の内側の反映という幻なのだろうと思う。

わたしはまた目を窓の方に向けた。大気はふたたび清くさわやかになり—わたしの勝利で—もののけは退散してしまい、いままでのわたしのはげしい苦労も、いまは問題ではなくなってしまった。もう其処には何もいない。やっぱり自分は正しかったのだ。きっとわたしは全部を自分のものにすることが出来るだろうという気がしてきた。
~同上書P277

この世界にあって、思考は確実に現象化する。否、というよりすべては思考が創り出した幻想だと言ってしまっても言い過ぎではないだろう。
「わたし」は思う。

わたしはただ“自然”を信頼し、重要視していかなければならない。いま、わたしの恐ろしい試練はもちろん、不自然な、不愉快な方向に押し進められてはいるが、しかし結局、ただ一回転すればふつうの人間の美徳に変わるのだから、善い方の状態になるネジの一回転を、わたしはあくまで追求していくべきだ。とはいえ、自らあらゆる自然性を一身に具備しようとする試みほど、困難な芸当はないであろう。第一、自然でありながら、どうして例の事件について、ほんの一言も喋らずにいられようか? その反対に、もしあの問題を口にすれば、また新たに、わたしは、五里霧中の世界に飛びこむことになるのではあるまいか?
~同上書P260

本当は善も悪もないのだけれど、誰もが「私は正しい」という淡い幻想の中にいることは確かだ。きっと音楽もそういうものなんだろう。特に、普遍的な、何十年も経過しても残る作品には、賛否がある。それは好き嫌いと言っても良い。

Rubber Soul”のUS versionから影響を受けた”Pet Sounds”、そして”Pet Sounds”に影響を受けたSgt. Pepper’s”という偶然の産物たる世界初の画期的コンセプト・アルバムが連鎖的に創造される様は必然だろう。そしてそれは、ザ・フーの”Tommy”という傑作ロック・オペラに昇華され、さらにはクイーンのセカンド・アルバムに結実していく(60年代後半から70年代初頭にかけてのポップ芸術の奇蹟!)。

・Queen II (1974)

Personnel
Freddie Mercury (lead vocals, backing vocals, piano, harpsichord)
Brian May (electric guitar, backing vocals, acoustic guitar, lead vocals, bells, piano)
Roger Taylor (drums, backing vocals, lead vocals, additional vocals, gong, marimba, tambourine, percussion)
John Deacon (bass guitar, acoustic guitar)

個人的には、クイーンの最高傑作。
ブライアン・メイが生み出したSide Whiteからフレディ・マーキュリーによるSide Blackへの展開の妙。すべてが表であり、また裏であることをクイーンは謳った。

ザ・ビートルズ自らがライヴ演奏を放棄し、スタジオにこもって音楽の創造を始めたときから、世界は変貌の大きな渦の中に巻き込まれていった。もちろんそれは肯定的な意味においてだ。当たり前という保守的概念が破壊され、より挑戦的で、創造的なものが残っていった。

ちなみにクイーンの場合、サード・アルバムまでは、もともと3部作として計算されていたのだろう、”Queen”のラスト・ナンバーたるインストゥルメンタル曲”Seven Seas of Rhye”に歌詞を付し、完成させたのが”Queen II”のアンコールであろうラスト・ナンバー”Seven Seas of Rhye”であり、さらにはサード・アルバム“Sheer Heart Attack”の冒頭にも口笛でそのメロディを登場させるという徹底ぶり。

わたしは、やにわに彼を抱きすくめて正気にかえらせた。それはまるで、奈落に転落する寸前に捕まえたようなものだった。わたしは彼を捕まえた。そうだ、しっかり抱きしめた—どんなにかはげしい情熱をこめて。でも、しばらくするとわたしは、自分の抱きしめているものが、本当は何だったのか判りはじめた。わたし達は、静かな真昼にただ二人きりだった。そして、悪霊を払いのけられた彼の可愛い心臓は、鼓動の音が止んでいた。
~同上書P286

内なる不安、それも根拠のない怖れ、そういうものに誰しも縛られ生きている。
幻想を、思考の鎧を脱げとヘンリー・ジェイムズは諭す。
クイーンという幻想、否、現実よ。

過去記事(2016年9月11日)


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