アンチェル指揮チェコ・フィル スメタナ 連作交響詩「わが祖国」(1968.5.12Live)

四半世紀前、初めて夏のプラハを訪れたとき、街の中世的な美しさに感動した。
特に、ネオンに冒されない黄昏時の、タイムスリップしたかのような景色に言葉を失った。

ある社会が精神的に高揚しているとき、単に旅行者に過ぎぬ者の眼にも、その片鱗が感じられることはある。1968年夏、例の「プラハの春」事件の直前のチェコに寄ったとき、古都プラハは、不思議な自由の気分に満ちあふれ、街頭に並べた画学生の絵にまで、前衛的な生気が躍動していた。
私がプラハを去るとき感じたのは「社会主義国でこれほどの自由が許されるのだろうか」という危惧であった。もちろんその危惧は東欧の上に重くのしかかるソヴィエト体制から生れていた。果せるかな、それから半月ほどたってパリに着いた翌日、ソヴィエト軍が戦車を連ねてチェコに侵入するというニュースを聞いたのだった。

「ポーランドの旅から」
「辻邦生全集17」(新潮社)P109-110

高揚から沈潜へという歴史の悪戯。激動の時代のオンタイムでのルポルタージュの生々しさ。文字通りここには「躍動」がある。

1968年「プラハの春音楽祭」オープニング(スメタナ・ホール)は、まさにこのチェコ事変の直前に開催されたものだ。辻邦生がこのコンサートを聴いたのかどうか僕は知らない。しかし、たぶん、この日、辻はプラハの街を闊歩していたのだと思う。

スメタナ:連作交響詩「わが祖国」(1874-79)
・第1曲「高い城(ヴィシェフラド)」
・第2曲「モルダウ(ヴルタヴァ)」
・第3曲「シャールカ」
・第4曲「ボヘミアの牧場と森から」
・第5曲「ターボル」
・第6曲「ブラニーク」
カレル・アンチェル指揮チェコ・フィルハーモニー管弦楽団(1968.5.12Live)

自由を謳歌する「わが祖国」。例えば第3曲「シャールカ」の追い込み!あるいは第2曲「モルダウ」の懐かしさ。そこからは自ずと景色が現れるようだ。生気漲るアンチェルの指揮は、この後悲劇が訪れるとは夢にも思わなかっただろう希望に満ちる。

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

アレグロ・コン・ブリオをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む