
その瞳は(私の希望の消えたごとく)決して消えなかった。
瞳は私に伴ない—それらは幾年か私をみちびく。
瞳は私の導師であるが—私はそれらの奴隷。
それらのやくめは照らし、火を点すこと—
私のつとめは、瞳の明るい光に救われること。
その電光に浄められ、
また至楽の火に聖められること。
瞳は私の魂に(希望である)美を多分にもたせる。
そしてはるか天上に昇った、—うら悲しく無言に、覚めているとき
私のひざまずく星となった。
とはいえ昼のまぶしい日かげにも
それらは尚見える—太陽にも消されぬ
二つの美しくきらめく金星よ。
「ヘレンに贈る」
~阿部保訳「ポー詩集」(新潮文庫)P77-78
比較的遅めの(楽譜の指定に忠実なのだと思う)テンポで始まる第1楽章は、優美ながらどこか哀感を保持しており、その音調に期待が高まる。ケルテスのマーラーとは想像もしていなかったが、聴いてみると実にツボにはまる。夭折の指揮者の天才ぶりがよくわかる。
白眉は第3楽章アダージョから終楽章にかけて。特に。ソプラノ独唱を担うエディット・ガブリーの少年のような明朗かつ可憐な歌唱に、天上の喜びの恍惚を思う。
(世界初発売)
ホーレンシュタイン指揮バンベルク響の伴奏による「さすらう若人の歌」もまた、青年マーラーの希望の光を届けんとノーマン・フォスターが心を込めて歌う。