アッカルド イ・ムジチ合奏団 ヴィヴァルディ ヴァイオリン協奏曲ヘ長調作品7-5 RV285a(1975.5録音)

森下洋子さんが旭日重光章に選ばれた。御年75。素敵だ。

個人的には、ジョルジュ・ドンとの「ライト」(モーリス・ベジャール振付)のパ・ド・ドゥが忘れられない。
40年近く前、ジョルジュ・ドンの「ボレロ」(クロード・ルルーシュ監督「愛と哀しみのボレロ」)をきっかけに二十世紀バレエ団のモダン・バレエにはまった僕は、当時は映像で簡単に彼らのダンスを観ることはなかなか機会がなく、おそらくどこかで入手したビデオ作品に収録されていたかの作品に、ヴィヴァルディの荘厳でありながら哀感溢れる音楽(ヴァイオリン協奏曲ヘ長調作品7-5 RV285aから第2楽章グラーヴェ—アダージョ)にぴったりの踊りにとても感動した(ドンの表情がまた意味深く、美しい)。

あらためてその「ライト」を観て思うのは、人間の肉体の完全なる美しさと、陰(女性)と陽(男性)の完璧なバランスがあってこその大自然であり、大宇宙であることを痛感する。

ドンはエイズのため早くに亡くなったが、森下さんが今も元気にバレエに携わり、教えられていることに感激する。

・ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲ヘ長調作品7-5 RV285a(1719-20)
サルヴァトーレ・アッカルド(ヴァイオリン)
イ・ムジチ合奏団(1975.7録音)

ベジャールが振付に使った録音とは異なるが、アッカルド独奏によるイ・ムジチの演奏は、荘厳さよりも安寧を強調した表現で、これまたヴィヴァルディ愛好者必携の名演奏、名盤だと思う。

ヴィヴァルディは多くの聖職者たちのなかの特権者であり、大音楽家としての才能を有し、とりわけ見世物については最高の経営者の才覚があった。この町で模範的な人間となるあらゆるものを具えていたので、まさにそのために妬みや恨みをかき立てる危険があった。さらに「赤毛の司祭」は教育者としても最高であって、ピエタの娘たちは彼を信じきっていた。つまり、彼は成功者として、のし上がる術を知っている第一人者の役割を半端でない形で果たしていた。間もなくして彼はローマでの活躍をめざそうとしたのであろう、なんと、教皇の面前に出ることを考えたのである。ミサを行わない司祭である彼が、である。
ジャンフランコ・フォルミケッティ/大矢タカヤス訳「ヴィヴァルディの生涯 ヴェネツィア、そしてヴァイオリンを抱えた司祭」(三元社)P157-158

ヴィヴァルディがチャレンジ精神旺盛な革新者どぁり、オール・マイティーの人だったことがわかる。それに、あくまで伝記に過ぎないが、作曲当時のヴィヴァルディの周囲は怨恨で溢れていたようで、人間関係から生じる苦悩も大なり小なりあったのだろうと想像される。そういう心の反映なのかどうなのか。

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