ミラノから直接こちらへ飛びました。スカラ座では、優秀な歌い手たち(フラグスタート、スヴァンホルム、ローレンツら)と、たんねんな試演をなんどもやったうえで、ワーグナーのニーベルングの指環全曲を演奏しました。そのテキストの大部分は理解できないこの長大な作品の全曲演奏を、イタリアの聴衆がどのように受けとめたかは、驚くべきものがあります。それは大成功でした。しかも回を追うごとに喝采は高まっていくばかりでした。
(1950年4月11日付、マックス・ブロックハウス宛)
~フランク・ティース編/仙北谷晃一訳「フルトヴェングラーの手紙」(白水社)P242
ブエノスアイレスはアルセアル・パレス・ホテルからフルトヴェングラーが出した手紙の一節である。音楽の持つ力は言語を超えるのだということが明らかだ。ましてフルトヴェングラーの指揮となるとなおさら、かつ、登場した歌手の錚々たる顔ぶれ。
回を追うごとに素晴らしくなるのはもちろん、「ラインの黄金」においても第4場の緊張感がすごい。
ローゲ
復讐しようと思うなら、
まずは自分の解放を考えろ。
拘束されていては
自由に動き回る者の不正に復讐できないからね。
復讐を企てるなら、
躊躇することなく自分の解放を考えることだな!
(彼は指をパチッと鳴らして、まずは解放されねばならないことをアルベリヒに示す)
アルベリヒ
何が欲しいか言え!
ヴォータン
あの宝とお前の輝く指環だ。
アルベリヒ
強欲な盗賊め!
(独白)
指環さえ保持していれば、
他の宝は容易に断念できる。
指環の力を使えば、宝は新たに
得られるし増やすこともできるからな。
これは、
わしを賢くするための教訓かもしれぬ。
その教訓のために宝を手放すのは、
それほど高い犠牲ではない。
ヴォータン
宝を差し出すか?
アルベリヒ
手を解いてくれ、そうしたら宝を持ってこさせる。
~井形ちづる訳「ヴァーグナー オペラ・楽劇全作品対訳集2―《妖精》から《パルジファル》まで―」(水曜社)P41-42
この辺りの緊迫したやり取りが素晴らしく、フルトヴェングラーの引き出す音楽の魔性が地底から轟くようだ。
そして・・・、
ローゲ(ヴォータンに)
ご満足ですか?奴を解放しますか?
ヴォータン
黄金の指環がお前の指にはまっている。
いいか、妖怪!
指環も宝の一部だと思うぞ。
アルベリヒ(ぎくりとして)
指環も!
ヴォータン
放免されるためには、それも引き渡すのだ!
アルベリヒ(震えながら)
命はやっても、指環はやらん!
ヴォータン(一層激しく)
私は指環が欲しいのだ。
命は、お前の好きにするがいい!
~同上書P43
楽劇「ラインの黄金」のクライマックス、ここに極まれり。
終演後の、張り裂けんばかりの「ブラヴォー!」コールが当日の聴衆の感激のリアルな証拠だ。
フルトヴェングラーは音楽の再現に命を懸ける。
私の課題とは、自分の演奏する作品を、あたかも私自身がそれにはじめて接するかのように生き生きと再現することにほかならない。私は、極力、この作品がひろく世に知られたものだという印象を取り去るように努め、惰性に陥ろうとする一切の可能性を避けようと試みる。もし私が時代からの支持を得るならば、音楽が私の手によって音楽の本来あるべき姿、すなわち真の共同体験になるという満足を味わうことであろう。
「演奏旅行について」(1952年)
~ヴィルヘルム・フルトヴェングラー/芦津丈夫訳「音楽ノート」(白水社)P158-159