
雨の夜につづいての、霧の深い朝で—氷雨と糠雨とがまじり—にわかにできた流れが、音立てて高地から落ちてきて、わたしたちの道をいく度もとざしました。足はびしょぬれになってしまって、わたしは腹を立てたり滅入りこんだりしたのですが、それこそまさに、この不快さをいっそう強めてゆくのにふさわしい気分といわなければなりませんでした。わたしたちは、台所口から嵐が丘の家にはいって行ったのですが、それはまずヒースクリフ氏がほんとうに留守かどうか、たしかめるためでした。なぜならば、わたしは、彼が自分で証言したことなどを、あまり信用してはいなかったのです。
~エミリ・ブロンテ/阿部知二訳「嵐が丘(下)」(岩波文庫)P114-115
姉シャーロットによると、英国の辺鄙な片田舎に押しやられた姉妹にとって、「生活のよろこびもまた仕事も、ただ自己とたがい同士と、そして読書と勉強とのなかにもとめるほかはなかった」らしい。そして、「子供のおり以来知っていたところの、もっとも溌剌としたたのしみ、またもっとも強烈な刺戟は、文学的製作にあった」そうだ。
シャーロットは、夭折したエミリの詩作を久しぶりにみたときのことを次のように書く。
1845年の秋のある日、たまたま私は、妹のエミリの手になる詩の原稿を目にした。もちろん私は、おどろきはしなかった。彼女は詩を書くことができ、また事実書いているということも知っていたからである。私はそれを読んだとき、驚きという以上の何ものかにとらえられた—つまり、これらは有りふれた筆のすさびなどでなく、また世の女性たちがよく書くようなものとは類を異にしている、と私はかたく信じた。私はそれらが、緊密で簡潔、勇勁で純粋であると思った。また、私の耳にはそれは一種独特な音楽—野性的で憂鬱で高貴なしらべをもっていた。
妹エミリは、自己を見せびらかすことを好まぬ人柄であった。またその思惟と感情との奥底には、もっとも身近かでもっとも親愛なものすら、みだりに踏み入ることを、ゆるさかなった。
「エリス・ベルとカラ・ベルとの略伝」
~同上書P4
シャーロットが感じた、野性的で憂鬱で高貴な調べこそ、20世紀の巨匠エドワード・エルガーに通じるものだと思った。
日常的に舞台にかかることの少ないエルガーの室内楽作品2種。
病床にあった妻への思いがこもるのか、いずれも地味ながら静謐な傑作だ。
そして、これら2つの作品と同じ頃に作曲されたのが、エルガー唯一のヴァイオリン・ソナタ。
実に内省的な音楽。内なる激情が見事に表現される名演奏。
(エルガーの緩徐楽章はやはり特別だ)
大宇宙の森厳さと小宇宙の奇蹟をつなぐ、大自然讃歌。
第2楽章ロマンス(アンダンテ)をして、妻アリスは「妖精が曲に入り込んでくるようだ」と評したという。本来至るところに在る化菩薩が、このときばかりはと、音楽に、そして演奏者の魂に入りこんだのだろうか。
ビーンのヴァイオリンも心を尽くし、エルガーに奉仕せんとしたもので、一切の衒いなく、ただただ自然体で音楽を鳴らす。
そして、必聴のヴァイオリン協奏曲。
(独奏はフィルハーモニア管のコンサートマスターを務めたヒュー・ビーン)
(何と50分近くに及ぶ)
エルガーの旋律は息が長い。
しかし、そこにはシューベルトのような旋律はない。どちらかというとブラームスの晦渋さと似た、しかし深遠な、そして暗い音宇宙がある。
