
訳者嘗て十年の昔、白耳義文学を紹介し、稍後れて、仏蘭西詩壇の新声ヴェルレエヌ、ヴェルハアレン、ロオデンバッハ、マラルメの事を説きし時、如上文人の作なほ未だ西欧の評壇に於ても今日の声誉を博する事能はざりしが、爾来世運の転移と共に清新の詩文を解する者、漸く数を増し勢を加へ、マアテルリンクの如きは、全欧思想界の一方に覇を称するに至れり。人心観想の黙移実に驚くべきかな。近体新声の耳目に嫺はざるを以て、倉皇視聴を掩はむとする人々よ、詩天の星の宿は徙りぬ、心せよ。
「海潮音・序」
~「海潮音」上田敏訳詩集(新潮文庫)
崇高かつ高雅な文体で説かれた上田敏博士の、森鴎外に献じられた訳詩集は僕の座右の書。
これほど美しい日本語があろうことかと常々思う。
中でも、有名なポオル・ヴェルレエヌの「秋の歌」。
博士はそれを「落葉」と題した。
秋の日の
ヴィオロンの
ためいきの
身にしみて
ひたぶるに
うら悲し。
鐘のおとに
胸ふたぎ
色かへて
涙ぐむ
過ぎし日の
おもひでや。
げにわれは
うらぶれて
こゝかしこ
さだめなく
とび散らふ
落葉かな。
~同上書P56-57
博士は注釈する。
仏蘭西の詩はユウゴオに絵画の色を帯び、ルコント・ドゥ・リイルに彫塑の形を具へ、ヴェルレエヌに至りて音楽の声を伝へ、而して又更に陰影の匂なつかしきを捉へむとす。
~同上書P57
博士の指摘通り、この詩そのものがもはや音楽だといえるが、この詩に作曲家たちはこぞって音楽を付そうとした。
まずはレイナルド・アーン・デ・エチェナグシア(1874-1947)による「秋の歌」。
・レイナルド・アーン:「灰色の歌」から第1曲「秋の歌」(1891)(2017録音)
ローレ・ビノン(ソプラノ)
インヘ・スピネッテ(ピアノ)
愁いを帯びたビノンの歌唱が、同じく寂しげなスピネッテの伴奏と相まって、実に幻想を描く。
そして、フレデリック・ディーリアスによる「秋の歌」。
・ディーリアス:秋の歌(1911)(2007.3録音)
イヴォンヌ・ケニー(ソプラノ)
ピアーズ・レーン(ピアノ)
わずか1分半という短い時間の中で、ヴェルレエヌの心のうちが見事に音化されたディーリアスの天才。
さらに、ベンジャミン・ブリテンによる4つのフランスの歌から第4曲「秋の歌」。
何とブリテン14歳時の習作。ワーグナーを師と仰ぎ、トリスタン的カデンツで締められるこの歌の、大人びた神々しさは神童ブリテンの真骨頂。
・ブリテン:4つのフランスの歌から「秋の歌」(1928)(1988.8.8-9録音)
フェリシティ・ロット(ソプラノ)
ブライデン・トムソン指揮スコティッシュ・ナショナル管弦楽団
美しくも官能的な「秋の歌」に感無量。
しかし、こうした作品群のどれ一つとして、1928年の夏に両親の結婚記念日の贈り物として書いた《フランス語の4つの歌》に及ぶものはない。ここでは、青年期にありがちなロマンティックな倦怠が、洗練された繊細な想像力をもって描き出されている。
~デイヴィッド・マシューズ著/中村ひろ子訳「ベンジャミン・ブリテン」(春秋社)P12-13
