ハンドリー指揮ロイヤル・フィル バントック ケルティック交響曲ほか(1990.8録音)

ヴォーン・ウィリアムズの後悔。

当時、名声の波に乗りはじめていたエルガーに勇気を振りしぼって手紙を書き、オーケストレーションについて、彼のもとで勉強できないかとたずねた。エルガー夫人から届いた丁重な返事には、夫は生徒をとる時間がないため、グランヴィル・バントックに師事したらどうかと書かれていた。バントックは、当時バーミンガムのミッドランド研究所の学長だった。ヴォーン・ウィリアムズは、エルガーのこの提案を無視してしまったことを、のちに後悔したと認めている。その代わりエルガーから間接的に学ぶことを選び、大英博物館で《エニグマ変奏曲》や《ゲロンティアスの夢》の楽譜を何時間もつづけて勉強した。
サイモン・ヘファー著/小町碧・高橋宣也訳「レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ 〈イギリスの声〉をもとめて」(アルテス)P38-39

果たしてそのことが最終的に独自の作風を生み出していくのだから後悔などおかしいと言えばおかしいのだが、しかし、彼の思い通り、もしバントックに師事していたらもっと早くに才能が芽吹いていた可能性もあるにはあろう(歴史にたらればはナンセンスなのだけれど)。

グランヴィル・バントックの音楽は実に抒情的かつ空想的で、また極めて美しい。
心情や風景を音で描かせたら右に出る者はいないのではないかと思うくらいどの瞬間も旋律に満ちる。大英帝国の虚ろな、そして愁いに溢れる音楽は、人の心を容易くとらえる。

残念ながら彼の作品のほとんどを僕は未だ知らない。
だからバントックのことを大そうに評することは残念ながらできない。
ただ、このアルバムを久しぶりに聴いて、大自然への人間の静かなる崇敬の念が至るところに反映されていて、実に心が落ち着く。

バントック:
・弦楽オーケストラと6つのハープのためのケルティック交響曲(1940)
・管弦楽のための交響詩第5番「アトラスの魔女」(1902)
・ヘブリディーズの海の詩第2番「海の略奪者たち」(1917)
・ヘブリディーズ交響曲(1915)
ヴァーノン・ハンドリー指揮ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団(1990.8.21-22録音)

晩年の1940年9月16日に完成をみたケルティック交響曲(作品を効果的に表現するために最低6台のハープを用意すべしとバントックは楽譜に師事している)は、初期の生徒だった指揮者のクラレンス・レイボールドに捧げられている。作曲者憧れのヘブリディアン民謡を軸にした静謐な音調の中に、突如として顔を見せるバルトークのような野蛮性。音楽的バランスが素晴らしい。なお、5つの楽章は続けて奏される。

続く「アトラスの魔女」は、イギリスの詩人パーシー・ビッシュ・シェリーの672行に上る同名の詩(1820年8月、わずか4日間で書き上げられた)による交響詩。バントックは、詩から受けた直観を美しく、そして神秘的に音化する。ちなみに、「アトラスの魔女」には、相対すべてを包含する原初、すなわち真空というものを暗示させるようなイメージがあるが、作曲者は果たしてそこまで読み取っていたのかどうか。音楽は実に美しい(ちなみに、シェリーは「人生の勝利」の中で、どこから来てどこへ帰って行くのかを知らない群衆を描いているが、おそらく詩人は潜在的にこの宇宙のしくみがわかっていたのだと思う。シェリーにインスパイアされたバントックの先見!)。

私は自分がどこから来て、どこへ行くかを知っている。あなたがたは、自分がどこから来て、どこへ行くかを知らない。
「ヨハネの福音書8.14」

そして、打楽器の轟音が肚に響く「海の略奪者たち」は、ヘブリディーズの海賊たちの野蛮な歓喜を表現しており、短い音詩ながら心をとらえる佳品。

バントックの最高傑作ともいわれるヘブリディーズ交響曲は、見事な描写音楽であり、それぞれのパートで、ときに猛々しく、ときに優雅に鳴り響く。夢幻なる冒頭から心動かされ、途中、ブリティッシュロックの王道たるプログレの雄、イエスの「危機」を髣髴とさせる音調に感激する。管楽器の咆哮に始まる第3部は、ヤナーチェクに感化された華麗なる音楽の魔法であり、いよいよ交響曲はクライマックスを迎える。すべての主題が喚起されるコーダの静謐な調べは、英国的気品の権化であり、文字通りバントックのヘブリディーズへのヴィジョン。

過去記事(2016年1月23日)


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