幻か現実か

バーバー:「弦楽のためのアダージョ」作品11を聴く。
レナード・バーンスタイン指揮ロサンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団

この曲はもともと弦楽四重奏曲第1番の第2楽章であったが、今では弦楽合奏版として単独で演奏されることが多い。初めて聴いたのは20年程前、映画「プラトーン」の挿入曲としてであった。映画の衝撃もさることながら、ウィレム・デフォー演ずるエリアス軍曹が銃弾を受け傷ついた身体を引きずりながら最後は斃れ込むラスト・シーンに被さるように鳴り響くその音楽は「人間の起こす戦争というものの矛盾」というものを見事にとらえたもので、ある意味感動的ですらあった。

そういえば昭和天皇が崩御した際、テレビでも流れていたのを思い出す。
どうも作曲者の意図とは反し、「葬送」というイメージが定着してしまっているのだ。本来バーバーにはその意図はなかったのだが、すすり泣くようなメロディーとクライマックスの慟哭から、最初の事例としてJ.F.ケネディ大統領の葬儀に使われたことがそのイメージを作ったといわれている。僕はドラマというものを視ないのでどんなシーンで流れたのかは不明だが、最近では韓国ドラマ「冬のソナタ」やテレビドラマ「華麗なる一族」などにも使われたらしい。

繰り返すが、作曲者自身は葬儀などに使われることは最後まで遺憾だったという。どうも人が勝手に作り出すイメージというのはとても恐ろしいものだと痛感する。本人の意思とは別のところで一人歩きするものがあまりにも多いからだ。
例えば、「パッヘルベルのカノン」は卒業式などで有名な曲だが、街中でこの曲を聴くと思わず涙がこぼれてしまうという輩もいる。この記事を読んでいる貴方、「カノン」を聴いて何を思い出しているのですか?それは「現実」ですか?それとも「幻」ですか?

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