昨日見た夢

ヘンリー・パーセルの歌劇「インドの女王」を聴く。

ジョン=エリオット・ガーディナー指揮モンテヴェルディ合唱団&イングリッシュ・バロック・ソロイスツ

パーセルは17世紀イギリスが生んだ夭折の大作曲家。パーセル以前、イギリスは音楽的には完全な後進国であった。そしてパーセルの死後、19世紀末のエルガーを経、20世紀のブリテンまで大作曲家の空白期間が何と200年に及ぶ。

あの人のために苦しむことは私の苦しみを軽くします。
私の悲しみには喜びがあり、束縛には自由があるのです。
もし私が神であれば、あの人は私を愛することはもはやできますまい。
そして私は、私を崇める人を崇めることでそれに応えることになるのです。
おお、心寛き神々よ、あの人の大切な生命を守らせたまえ。
ほかにはあなたがたの祝福にあずかろうとはいたしませんから。

このオペラの終幕第29曲はソ連の映画監督アンドレイ・タルコフスキーの自叙伝的作品「鏡」の挿入曲としても知られている。いや、マイナーな映画、マイナーな楽曲なので一般的には知られていないと言った方が正確だ。
映画は、作者である「私」が胸に秘めている母への思いや、別れた妻や息子との間に織りなされる感情の綾を意織下の過去と現実を交錯させながら浮かびあがらせていく、というもの。形而上的なニュアンスで淡々と進行するゆえ極端に難しく、見方を間違えると「退屈」と捉えられてしまう危うさがある。よって、「失敗作」と断定されることも多い。

しかし、「映画」としてではなく、「夢」、そう断片的に見る「夢」=心象風景として捉えるなら「成功作」である。人間は一夜のうちに何十もの「夢」を見るという。しかもそれぞれは脈絡なく、支離滅裂に。中には雑夢もあれば、予知夢、霊夢もある。その何十とみる映像の中で一際明瞭に覚えている光景を、人は「昨日見た夢」と感じるのだ。
ところで、あなたは「昨日見た夢」を覚えているだろうか?

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