Keith Jarrett Paris Concert (1990)

キース・ジャレットは決して強靭な心の持ち主ではなかった。
繊細な心を持っていたからこそできた所業が、かの独自の即興演奏だった。

妻のローズ・アンが報告しているように、すっかり落ち込んだ彼は何日も家の戸口に座り込んで、何もせずに宙を見つめていたのだが、あるとき突然雷に打たれたように閃いたのだった—クラシック音楽にはこれ以上、関わりたくない。すべてが始まった場所、つまり偏見のない即興演奏に戻りたい。
ヴォルフガング・サンドナー/稲岡邦彌訳「キース・ジャレットの真実 ジャズピアノの歴史を変えた即興演奏とその人生」(DU BOOKS)P182

縛られることのない、自由な世界に戻りたいと思ったジャレットの方法は、命そのものから発露される、その場限りの、自由で奔放なスタイルだった。

ジャレットのコンサートは、ワークショップや分娩室への訪問であり、聴衆の監督のもとでの音楽の開胸手術である。そして聴衆は、音具の扱いが時に不器用であったり、ほかの音具が必要であったりすることを目の当たりにしても、そこから生まれるものに感銘を受ける。しかし、聴く者、観る者、体験する者は、何作もの傑作が次々に芸術家の工房を巣立っていく事実に何よりも魅了されるのだ。
1988年10月17日という演奏日だけがタイトルとして記されている40分の主要部を持つ『パリ・コンサート』は、その好例である。漠然としたフレーズでゆっくりと始まるこの曲は、やがてバッハのインベンションのような対位法的な織りなしとバロック的な装飾を伴って展開していくが、やがてポリフォニーはさらにラプソディックな形態へと溶けていく。ややためらいがちに現れた低音が、しばらくして再び現れるが、1度、2度、3度、そしてオスティナートとしてほぼ全曲を特徴づける基本的なリズムパターンとなる。ジャレットにとって、それは礎石であり、基盤であり、ドラマティックにいえば「ダ・ダ・ダ・ダー」という“運命”のモチーフである。ただし、ベートーヴェンの第5交響曲のような3番目の跳躍はないが。

~同上書P189-190

キース・ジャレットにとって、実はそれ以前のクラシック音楽演奏経験が役立っているのである。彼が回避した経験があってこそ、パリ・コンサートも、続くウィーン・コンサートもあったのである。(何事においても古典を学び、古典を知ることは重要だ)

Keith Jarrett “Vienna Concert”(1991.7.13Live)を聴いて思ふ Keith Jarrett “Vienna Concert”(1991.7.13Live)を聴いて思ふ

パリはサル・プレイエルでのコンサートは、ケルンのときとはまた異なり、即興に、音楽そのものに全身全霊で一層集中しながらも、自らが期せずして確立してしまった名声と聴衆の期待と闘うかのように、ジャレットの興奮と緊張が音の端々から窺える。
しかし、そのことがもたらす音楽の効果はいかばかりか。
聴き手にとっても「ケルン」の亡霊を振り払うために(?)、先入観を吹き飛ばした、無心の心構えが必須となる傑作。
よもや「即興演奏」であることを、僕たちは忘れてはならない。
(本来、繰り返し聴くことができるようにはできていないのだ)

Keith Jarrett “The Köln Concert” (1975.1.24Live)

・Keith Jarrett:Paris Concert (1990)

Personnel
Keith Jarrett (piano) (1988.10.17Live)

いつものように、興に乗ったジャレットの唸り声と嬌声がまた音楽的だ(中には不快に感じる人もいるのだろうが、グレン・グールドのケースと同じように、これこそがキース・ジャレットの創造する音楽の一部なのである)。

1988年10月17日

バッハ的であり、またドビュッシー的でもあり、ベートーヴェンの木魂すら聞こえる。
どれほど感動的な音楽であったか、音楽が終わった直後の(一際大きい)聴衆の拍手と歓声がすべてを物語る。

ザ・ウィンド(ラス・フリーマン/ジェリー・グラッドストーン)

スタンダード曲「ザ・ウィンド」(ラス・フリーマン/ジェリー・グラッドストーン)の静かな安寧と、続く自作の「ブルース」の動的な喜びを示す舞踊との対比は、コンサート全体において、意識してか無意識なのか、古典の形式の中にはまっていると思われる。

ブルース(キース・ジャレット)

「温故知新」。
すべての経験が機能し、未来に必然として現われる音楽の奇蹟。
大袈裟だけれど、そういう言葉でしか表すことのできない聖なる儀式がここにある。

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