ヤング指揮ハンブルク・フィル ブルックナー 交響曲第1番ハ短調(1865/66原典版 リンツ稿)(2010.1Live)

明快で見通しの良さがシモーネ・ヤングのブルックナー演奏の特長。
いかにも女性的な、否、中性的な切り口での指揮は、何年か前に聴いた、新日本フィルへの客演の際の「ロマンティック」(初稿)で感動したところだ。

ヤング指揮新日本フィル定期演奏会ルビー〈アフタヌーンコンサート・シリーズ〉第16回

交響曲第1番ハ短調にこれほどときめいたことがあっただろうか。
僕はついにこの音楽の真髄を理解したかと思った。

未だブルックナー開始に至らぬも、第1楽章アレグロの音調はどこをどう切り取ってもブルックナー的であり、後年の音調が此処彼処に木魂する。

・ブルックナー:交響曲第1番ハ短調(1865/66原典版 リンツ稿)
シモーネ・ヤング指揮ハンブルク・フィルハーモニー管弦楽団(2010.1Live)

初期ブルックナーの野性味というか、混沌とした世界観よりも、もっと洗練された、後期様式を髣髴とさせる凄味。すでにここにも「宇宙の鳴動」たるブルックナーならではの交響楽世界が現出する。(何より推進力の高さ!)

第2楽章アダージョも、ブルックナーらしい安寧の歌。
崇高さというより大自然の呼吸をそのまま音化する力量こそ人間アントン・ブルックナーの真骨頂だろう。ヤングの脱力の解釈が美しい。

原色の抽象画のように耳新しいこの交響曲が、当時のオーケストラや聴衆にたやすく理解されたとは考えられない。レドゥーテンザールでの初演の準備が始まった時、楽員は様々な箇所の変更を求めたが、ブルックナーは応じなかった。楽想の特異さと演奏の困難さにより、結局『第1番』のリンツ初演は、完成から2年後まで持ち越された。
田代櫂「アントン・ブルックナー 魂の山嶺」(春秋社)P59

未来音楽の難しさ。
ブルックナーの交響曲が理解されるのに1世紀近くを要したが、それだけ彼の完成は時代の何十歩も先を進んでいたのである。

フーゴー・ヴォルフは、80年代半ばのヴィーン楽壇におけるブルックナーの孤立を、次のように表現している。

ブルックナー? ブルックナー? それはいったい何者だ? どこに住んでいるのか? 何をする男なのか? ヴィーンではそのような質問が、それもヴィーン・フィルの定期演奏会や楽友協会コンサートにせっせと通う人たちの間でさえ、しきりに発せられる。彼の名をまんざら知らなくもない人物なら、ブルックナーが当地の音楽院の教授で、音楽理論を教えていることを思い出すだろう。あるいは別の誰かが、彼はオルガンの名手なのだと付け加え、先ほどの半可通を小馬鹿にしたように眺めやるだろう。3人目は憶測し、4人目には既知であり、5人目は主張し、しまいに6人目がこう宣告する、ブルックナーは作曲家のはしくれだが、特別な力量はなく、古典的な作曲家でもない、と。ある音楽通は、そのお上品な頭を考え深げに振りながら、彼は洗練された作曲家ではないと言う。ある好楽家は、その音楽的着想の展開は混乱していると嘆く。別の誰かが指摘するには、その管弦楽法はお粗末である。批評家の先生方に言わせれば、まったく箸にも棒にもかからないというのだ。
~同上書vi-vii

後にも先にもブルックナーはいなかったということだ。
そういう突然変異的な天才の登場に世間も専門家も対処し切れなかっただけ。
それだけ人間は知識や常識という執らわれに支配されているのである。

ブルックナーはそういう壁を破った天才だった。

第3楽章スケルツォの華麗なる、しかし野人的な舞踊がどれだけ人々を感化せずにおれようか。

終楽章がうねる。

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

アレグロ・コン・ブリオをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む