
エミール・ギレリス最後の録音。
公式には心臓麻痺で急逝とされていたが、後年、リヒテルの証言で、医療ミス、事故による急逝だったことがわかり、そのことを知ったとき僕は衝撃を受けた。
本人に「最後だ」という意識は当然なかったのだが、テンポ設定といい、音量の抑制具合といい、この「静けさ」と音楽の崇高さは、まるで「白鳥の歌」のように聴こえてならない。
特に第1楽章モデラート・カンタービレ,モルト・エスプレッシーヴォの主題提示における「静謐さ」は人間業を超える。
何にせよ、これほど透明感を獲得し、かつ、ベートーヴェン後期の至純な世界を体現する演奏として随一といっても過言ではないだろう。
ベートーヴェン:
・ピアノ・ソナタ第30番ホ長調作品109(1820)
・ピアノ・ソナタ第31番変イ長調作品110(1821)
エミール・ギレリス(ピアノ)(1985.8&9録音)
力強い第2楽章アレグロの生命力。ピアノが軋み、躍る。
そして、終楽章アダージョ・マ・ノン・トロッポの筆舌に尽くし難い美しさは、他のどんなピアニストの演奏をも凌駕する。
後半のフーガに至っては深淵を覗くような厳かさと、先天本性の持つ慈しみ(これはベートーヴェンの本性のことだが)が見事に音化されているようで、聴いていて涙が出てくるほど。
一世一代のパフォーマンスに、巨匠の実演を遂に聴くことが叶わなかったことを無念に思う。
「かくしてベートーヴェンは」とわれわれは聞かされた。「フーガが書けないという噂を立てられた。そうなると、こういう悪意ある風評がどれほど正鵠を射ているかが問題であった。明らかに彼は、その風評を反駁しようと努めた。何度も彼はその後のピアノ音楽にフーガを織りこんだ。それも三声部のを、ハンマークラヴィーア・ソナタや変イ長調ソナタに織りこんだのである。一度彼は、自分のそむいた法則を実はよく知っているのだというしるしに、《多少の自由をもって》とつけ加えたことがある。なぜ彼が法則をおろそかにしたのか、絶対主義からなのか、それとも意のままにできなかったためなのかについては、論議が残った。しかしもちろん、そのあとに偉大なフーガ序曲作品124、ミサ・ソレムニスのグローリアとクレードにあるおごそかなフーガがつづいた。これは結局、この天使との戦いにおいても偉大な闘争者は、その戦いによって半身不随になったにしろ、勝利者であった、ということの証拠である」。
~トーマス・マン作/関泰祐・関楠生訳「ファウスト博士(上)」(岩波文庫)P103-104
マンが分析するように、あの崇高なるアリエッタに至る過程にホ長調作品109や変イ長調作品110が位置するのである。その意味で、ギレリスの全集において第32番ハ短調作品111が欠けているのは痛恨事だ。ベートーヴェンの類稀なる創造力と推敲の力に舌を巻く。
