
新婚旅行で旅したインドをはじめとする東洋世界の印象を描いたものだそうだ。
20世紀の初頭、西洋人にとって東洋は文字通りエキゾチックなものだったに違いない。
三島由紀夫は、初めて訪れたインドの印象を次のように書く。
インドではすべてがあからさまだ。すべてが呈示され、すべてが人に、それに「直面する」ことを強いる。生も死も、そしてあの有名な貧困も。
「インド通信」(「朝日新聞」夕刊、昭和42年10月23,24日)
~佐藤秀明編「三島由紀夫紀行文集」(岩波文庫)P249
それは昭和42年のこと。
60年近くも前のことだから、果たして今のインドは違っているかもしれない。
しかし、大都市はともかく、広いインドにあって、三島がとらえた印象を未だ残す場所は確かにあるだろう。
「生」と「死」に直面すると同時に、人はインドで、ごく自然に、あからさまな「貧困」に直面する。
インドの貧困は決してただの経済的問題ではない。それはまた、宗教的、心理的、哲学的問題である。飢えても人々は牛を決して食わず、北部インドやボンベイ西岸のヴィシュヌ信仰の菜食主義者は、豊富にとれる魚を口にしようとないからだ。従って、かいなでの旅行者にも、これを哲学的、心理的に眺める自由を与えられている。
~同上書P252-253
見方を変えれば、インドの人々がいかに崇高で清らかがよくわかる。
そもそもの意識変容、というより本性・霊性から物事をとらえんとしているようにも思われる。さすがに「零」という概念を生み出したインドだ。
しかし、この国へ来て感じることは、問題そのものにとって、解決がすべてではない、ということだ。問題を解決することが問題を消滅させるということだとすれば、インド自体が、本当のところ、そのような解決をのぞんでいないということだ。インドでは問題がすべてなのであり、そうなれば問題は一つもないのと同じである。彼らは問題と一緒に何千年住んできた。問題とは「自然」なのだ。ヒンズー教神学における、あのような創造と破壊を併せ持った、豊富で苛烈な自然なのだ。
~同上書P255
幸不幸は、人間の心が創り出した幻想だ。
僕たちが色眼鏡を外し、真実を、ありのままを見て、とらえない限り、世界は変わらないだろう。そういう意味では、これらのエッセーすべての文言に三島の、三島らしい色眼鏡で見たインドが描かれている。
創造物とはすべてがそうだと思う。
この相対世界にあって、すべては生み出す側の主観に過ぎず、客観的なものなど一つもない。
ルーセルの心象は、とても明朗だ。
現実をそのまま描写するのではなく、あくまでも西洋人から見た、エキゾティズムが軸になる(第2楽章を聴くと、ルーセルにはインドの町々が大歓喜の街に映ったようだ)。そして、プラッソンの再現方法も同様の見地に立ったものであり、何より声楽を伴う、ガンジスのほとりの様相から太陽讃歌へと移る第3楽章「聖なる河の岸辺にて」のリアリティ!!
(すべてが現実であり、真なのだとつくづく思う)
(吉凶禍福、すべての現実をいかに生かせるかが大切だ)
