五反田で打ち合わせの後、別の用事で新宿界隈を歩いた。
少しだけ霧のような雨に打たれながら・・・。
リサイタル3日前ということで、当日お話しする内容を少しばかり頭の中で整理してみた。話し始めればキリがないくらいお伝えしたいことはあるが、「簡潔にかつわかりやすく」を心がけようと誓う。フランツ・リスト生誕200年を記念してのプログラムなのだが、やっぱりどうしても「軸」はベートーヴェンになってしまう。ベートーヴェン以前にも偉大な音楽家は多数存在したが、すべてがベートーヴェンにつながり、そしてベートーヴェンの革新性により後の音楽家がそれに追いつけ追い越せと躍起になって挑戦し続けた、というのが西洋音楽史に対する非常に僕の曲がった見解(笑)。いろんな音楽を聴いてきて、最後に行き着くのは結局ベートーヴェン。異論・反論は大いに結構。残念ながら、この考えについてはほとんど冷静になれない。ベートーヴェン命・・・、である(笑)。
今年はグスタフ・マーラーの没後100年でもある。昔からこういうまあるい数字が好き。それに、若いうちは随分マーラーの音楽に親しんだが、大人になってからはほとんど聴く機会が減った。もちろん聴き比べなんていうのもベートーヴェンやブラームスなどに比べると圧倒的に少ない。実演に触れた機会もそうは多くない。記念すべき2011年、せっかくなので実演中心にマーラーでも聴き込んでみようと目論んでいるところ。
超亭主関白九州男児様(よう)のマーラーは、1898年9月にウィーン・フィルハーモニーの指揮者に選任されるや自作ほか古今のあらゆる作品を採り上げるようになるのだが、そのプログラムを見ると、やたらに挑戦的でまるで血気盛んな20代の若者のよう。アルマ・シントラーと出逢う前で、しかもハンブルク時代に交際していたアンナ・フォン・ミルテンブルクとは距離を置いていた頃だからか(他に女性関係があったのかそのあたりの事情は知らない)、何だか自分のファンを作ろうと―女性を惹きつけようと躍起になっている姿が思い浮かぶ(笑)。
後期の門を叩く直前のベートーヴェンの研ぎ澄まされた思考が、マーラーの手によってコレステロール過剰になっているような・・・(決して否定的な見解ではなくて)エネルギーがあり余っていたのだろうか。シェーンベルク編曲のブラームスについてはいつだったかも書いた(気がする)が、本当によくできたアレンジ。古色蒼然とした原曲の色合いに、見事な現代的色彩が加味された絶品。これこそ実演で聴く機会を持たねば(つい最近だったと思うが、どこかのコンサートで採り上げられたように記憶するが行けなかった)。
おはようございます。
岡本さんの、このブログの文章自体、マーラーの書法に通ずるところがあると、以前から感じております。
何というか、複数のテーマの呈示のされかたが並列的で唐突というか、作者の頭の中では互いに関連性があるのでしょうが、第三者が読むと、主題の有機的な繋がり~発展というよりも、コラージュ的、急激な場面の変転で面喰らうことが多いです(笑)。 この話の展開で、この時期に、何でよりによってこの音盤?とか、その意外性が面白くて堪りません。それがマーラーの交響曲、たとえば第3番とか第7番などを想わせるところがあるのです。どう考えても、ベートーヴェンやブラームスよりも、マーラーを聴く醍醐味です。
それで、私のコメントは、一見脈絡がないかに見える、岡本さんが呈示されたどの主題に喰いつくかで悩むことになります。
http://classic.opus-3.net/blog/?p=5383
この回では、大倉正之助の大鼓の話題にも喰いつきたかった(笑)。
とにかく、結果、私のコメントもコラージュ的になっていきます(笑)。
これらは、マーラー的思考法で導かれた世界観に近いかも。
>マーラーの手によってコレステロール過剰になっているような・・・
たしかに、ご紹介の曲のアレンジはそうですね。
しかし、一方で、シューマンの交響曲の編曲の時ように、贅肉を削りダイエット、シェイプアップする目的でなされたものもあり、やはりマーラーという男も岡本さん同様、一筋縄では行きません。
まったく喰えないです(爆)。
シューマン 交響曲全集(マーラー編曲版) シャイー&ゲヴァントハウス管弦楽団
http://www.hmv.co.jp/product/detail/2652786
>雅之様
おはようございます。
なるほど!そういうことか!!
いろいろと僕の周辺で起こっていることの理由がわかりました。
マーラーもそうですが、唯我独尊的なスタンスでモノを創造しているのでなかなか一般にはわかっていただきにくいということですね。まぁ、天才芸術家ならいいんでしょうが、僕の場合は普通の凡人ですから「いずれ時代が私に追いつくだろう」というんじゃNGです(笑)。読み手を意識して練り込むようにします・・・。
ちなみに、こういうブログのスタイルも意図して書いているところもありますが、時にはベートーヴェンのような筋道のしっかりした矛盾のない堅牢なスタイルで書く訓練をしてみようかなとも思います。「没個性」化しないで、その手法を身につければ天下無敵ということで。
そういえば僕の性格をして「分裂」と冗談で昔よく言われていたのを思い出しました。高尚な話をしているときに突然下品になったり、Aの話をしているときに、別のBという話を急に挿し込んだり・・・。
確かにマーラー的です。
>やはりマーラーという男も岡本さん同様、一筋縄では行きません。
まったく喰えないです(爆)。
いやいや、そうは言ってもマーラーほどの「天才」じゃないですからね、僕は。
ちなみに、ご紹介のシャイー盤は未聴です。所有しているチェッカート&ベルゲン・フィルのもので聴く限りおっしゃるように一筋縄ではいきませんね。
本日も「気づき」をありがとうございます。