日露友好ショスタコーヴィチ・プロジェクト2012

日比谷公会堂という戦後の高度経済成長期のクラシック音楽コンサートのいわば聖地として機能したホールを初めて訪れた。何ともタイムスリップしたような独特の雰囲気と味わい。響きもデッドであるがゆえ余計に音楽の核心に触れることができるといった特長を持つ(それこそトスカニーニが晩年にNBC交響楽団を振って録音を重ねた8Hスタジオやクナッパーツブッシュの晩年のウェストミンスター録音のような色気のない音に近い)。

日露友好ショスタコーヴィチ・プロジェクト2012。結論は「最高!」という一言に尽きる。
僕の確保した席は1階前方左寄りの位置。前半が終了した時点で井上道義氏が客席に向かって「2階席の音が良いので特に1回の屋根の下の方は移動すると良い」ということをおっしゃっていた。なるほど。(今回は1階前方中央からやや左よりという席で十分だったので僕は移動はしなかった)

日露友好ショスタコーヴィチ・プロジェクト2012
2012年3月4日(日)14:30開演
日比谷公会堂
・シチェドリン:「カルメン」組曲から(ビゼーのオペラ「カルメン」による)
・ショスタコーヴィチ:交響曲第14番ト短調作品135
アンナ・シャファジンスカヤ(ソプラノ)
ニコライ・ディデンコ(バス)
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢

最初に驚いたのが客層。明らかにいつものコンサートと違う。全体の年齢層はかなり上のように見えるし、しかも夫婦連れやマダム仲間での来場が多いように思える。「シチェドリンとショスタコーヴィチの別名『死者の歌』などといわれるマイナーな作品ですよ・・・。本当ですか!」と聞いてみたくなったほど。道義氏の関係で招待されている方も多かったように見えたし、一方、昔を懐かしんで「日比谷」来たさに足を運ばれた方も多いのかも。何だか客席から温かい雰囲気満点で、井上氏に対してもショスタコーヴィチに対しても熱い思いと声援が送られているように感じられたのがとても印象的だった。

で、まずはシチェドリンから。いやこれは素敵な「カルメン」だった。僕は聴いたことがないが、戦前の浅草かどこかでやっただろう、あるいはワイマール・ドイツのキャバレーなどで披露されていたんじゃなかろうかと思われるような「乱痴気騒ぎ」風音楽と静かで儚いムード音楽風の音楽が交錯する(プログラムをひもといてみると、そもそもマイヤ・プリセツカヤの依頼でビゼーの「カルメン」を夫であるシチェドリンがバレエ音楽に編曲したものらしい)。それにしても後半の第14番シンフォニーとの対比がはっきり見えて面白い。似たような編成だったから余計に前半のこの「カルメン」が必要以上に明るく、陽気に感じられたし、何より指揮者の道義氏の一挙手一投足が一部の観客の笑いを誘うほど「役者」然としており、その剽軽さも含めてとても興味深く楽しい時間だった。
そして、メインのショスタコーヴィチ。この作品を実演で初めて聴いてみて、ショスタコーヴィチは実演を聴かないと語れないというご意見に同意。ほとんど室内オーケストラという小編成であるがゆえにソプラノとバスの歌声が際立つ(マーラーの「大地の歌」などは時に歌手の声が聞こえなくなることがあるくらいだし)。2人のロシア人歌手も堂に入った表現で、ショスタコーヴィチ晩年の心を見事に体現していたように思う。第10楽章から第11楽章の、いわゆるリルケの詩を基にした楽章がこれほど胸に染み入るとは!録音では体験できなかったこと。

ところで、この作品、作曲家の諦念が刷り込まれているとも言われるが、僕はどういうわけか「希望」を感じた。東日本大震災から約1年という今の時期にあえて舞台にかけられたということもあるのかどうなのか、死とは終わりではなく、永遠の始まりなんだというむしろ前向きな思いが感じられた。
終演後、道義氏は300人しかお客さんは入らないだろうと思っていたと語られた。しかしながら、満席御礼とはいわぬまでも8割以上のお客様はおそらく入っていただろうから、これはもう井上道義氏の人徳というものだろう。このプロジェクトは歴史的事件といっても言い過ぎでない。2007年のプロジェクトに参加できなかった悔しさが少し紛れた(笑)。


2 COMMENTS

雅之

おはようございます。

>(それこそトスカニーニが晩年にNBC交響楽団を振って録音を重ねた8Hスタジオやクナッパーツブッシュの晩年のウェストミンスター録音のような色気のない音に近い)。

まったく同感です。ショスタコの他、ベートーヴェンの交響曲などもこのホールで聴いてみたいと思っておりましたが、そう考えると、ブルックナーも面白いかもしれませんね。

このホールの魅力と貴重さは東京文化会館以上だと思います。それを再発見し、ショスタコの数々の名演をここで実現した井上道義氏は偉いです。

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岡本 浩和

>雅之様
おはようございます。
おっしゃるようにベートーヴェンやブルックナーも面白そうだと思います。
14番を聴いて7番や8番という大編成ものもあそこで聴いてみたくなります。

>それを再発見し、ショスタコの数々の名演をここで実現した井上道義氏は偉いです。

同感です。
さて、いよいよ今週末は「ダスビ」ですね!!
毎週ショスタコーヴィチが聴ける喜び、です。

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