大切にしたいと願う気持ちの裏側

wagner_ring_without_words_maazel.jpgモノでも人でも大切にすることが重要だ。でも、大切にしたいと思った瞬間に失くすことがままある。大切にしたいと願う気持ちの裏側には対象物に対しての固執が見え隠れする。そう、人間である以上愛情を持てばそのモノを自分のものにしたくなるのが心情だ。ただ純粋に「愛」をもって与え続けるというのは難しい。イエス・キリストじゃあるいまいし人間業ではとうてい不可能だ。愛しいと感じたときに「エゴ」が生まれる。それは時には嫉妬という感情に変化し、ある時には相手を縛るという事態にまで進展する。この世の中矛盾だらけである。

そういう時こそ執着を捨てるべし。恋愛関係で言うなら、お互いに自立し、やりたいように自由に振舞い、かつ支え合うという関係が真に理想である。ついでに言うなら、その関係が「愛」という絆で結ばれているならなお堅い。

この歳になると、ワーグナーの長大な楽劇を楽しむ時間や余裕がまったくなくなる。それでも年に何回か、それもごくたまに彼の音楽に身を浸したいと心底思う時があり、そんな時は何をどのように聴こうかついつい迷ってしまう。特に、上演に4夜を要する超大作「ニーベルンクの指環」については、音盤だけで聴き続けるのは耐えがたく、たとえDVDなど映像付であったとしても合計14時間ほどを装置の前で集中し続けるということはもはやありえない。いつか将来、万が一バイロイト音楽祭のチケットでも手に入り、全てを目の当たりにすることがあればそういうこともあるかもしれぬが、おそらく僕の今後の人生の中でこの楽劇の全部を一度に(4回に分けたとしても)聴くことはまずないだろう。せいぜいつまみ食い程度に抜粋で聴き、悦に浸るくらいかな。

そういえば、「指環」のテーマも人間のエゴと愛の葛藤である。執着を繰り返すばかりに登場人物の誰もが不幸のどん底に突き落とされてゆく・・・。
自由、そして開放。

そんなことを考えていて、もう20年近く前だと思うが、マゼールがベルリン・フィルと録音したThe “Ring” Without Wordsというアルバムが気に入ってしばしば聴いていたことを思い出した。とにかく「指環」全曲がマゼールの名アレンジで、70分ほどの交響詩として蘇り、テラークの名録音と相まって、血潮が迸るような有機的な音で十分に堪能させてくれるのだから、これほど便利なものはない。本当に久しぶりに棚から引っ張り出し、聴いてみた。

ワーグナー:楽劇「ニーベルンクの指環」管弦楽ハイライト
ロリン・マゼール指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

もともとライトモティーフ(示導動機)というものの集合体であり、無限旋律というくらいだから、こういう編曲をしても流れが途切れることなく見事に一大絵巻として機能する。マゼールは後に歌劇「タンホイザー」の組曲も録音しているが、圧倒的にこの「指環」の勝ち。まぁ、音楽の質そのものが明らかに「指環」の方が上だからそれもしょうがないのだが。

「ニーベルンクの指環」の物語は「執着」がテーマになっているが、音楽だけを聴いてみると実は随分開放的だ。この音楽の中には「自由」がある。


4 COMMENTS

雅之

おはようございます。
>「指環」のテーマも人間のエゴと愛の葛藤である。執着を繰り返すばかりに登場人物の誰もが不幸のどん底に突き落とされてゆく・・・。
人間どころか、「ニーベルンクの指環」は神様達のお話ですよね。神様でさえエゴと愛の葛藤なのですから、「いわんや人間をや」ですね(笑)。
「執着」「エゴ」を完全に捨て去ることは資本主義の否定にもつながり(社会主義も同じ)、人類の歴史を見ても絶対無理です。
御紹介のマゼールの盤は便利ですよね。私も家で手軽にこの大曲に接しエネルギーをもらいたい時は、このCDを取り出すことが多いです。切れ目なく続く名編曲、名録音ですね。
「指環」を、欲望資本主義の成れの果てのバブル崩壊と、再び始まる新たな景気循環の話と、読み解くことも可能です。
しかし、これからの人類の「自由」には、「地球環境」という大きな制約が立ちはだかっていますね。個人が何をやっても自由な時代は、先進国では残念ながら終ったようです。

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岡本 浩和

>雅之様
おはようございます。
>「執着」「エゴ」を完全に捨て去ることは資本主義の否定にもつながり(社会主義も同じ)、人類の歴史を見ても絶対無理です。
おっしゃるとおりです。
>私も家で手軽にこの大曲に接しエネルギーをもらいたい時は、このCDを取り出すことが多いです。
雅之さんもそう思いますか!マゼールは時に良い仕事をしますよね。
>これからの人類の「自由」には、「地球環境」という大きな制約が立ちはだかっていますね。個人が何をやっても自由な時代は、先進国では残念ながら終ったようです。
確かに。このあたりについてはまたお会いした時に議論したいところですね。

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岡本浩和の音楽日記「アレグロ・コン・ブリオ」

[…] 30年近く前になると思う。 ロリン・マゼールがベルリン・フィルを指揮して録音したワーグナーの、「言葉のない指環」と題する管弦楽曲集を聴き、(1980年にウィーン・フィルのニューイヤーに登場したときもそうだったけれど)決して大衆に媚びるわけでもなしに、上手に売るセンスを持ち合せた、音楽家というより有能なビジネス・パーソンの如くのプロデュース力に驚かされたことを、一聴、思い出した。 […]

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