朝比奈隆指揮大阪フィルのブルックナー第3番(ノヴァーク版第2稿)(1984.7.26Live)を聴いて思ふ

再びウィーン留学中のシベリウスについて触れる。
「クレルヴォ交響曲」の構想に一役買ったのは、当地で聴いたベートーヴェンの交響曲第9番であり、ワーグナーの楽劇「ジークフリート」であり、またブルックナーの交響曲第3番(改訂稿)であったという。いずれも革新的で、血気盛んな、音楽にかぶれる若者の心をとらえて離さないドイツ精神のど真ん中を走る作品であり、音楽に内在する悪魔的情動ともいうべきものが縦横に駆け巡る傑作だ。

ウィーンはベルリンよりも豊かな音楽的経験をシベリウスにもたらしてくれた。最大の感動的な経験はブルックナーの《交響曲第3番》の公演であった。ブルックナーの交響曲に見られる厳格なカトリック性は、多くの人々にとってはどちらかというと途方もないものとして響いたが、シベリウスにとってはそうではなかった。「私の感じでは、ブルックナーは現存する作曲家すべての中で最高!」と、シベリウスは遠いフィンランドにいるフィアンセに手紙を書いている。
マッティ・フットゥネン著/舘野泉日本語版監修/菅野浩和訳「シベリウス―写真でたとる生涯」(音楽之友社)P30

とりわけブルックナー作品に対する底知れぬ愛情は、シベリウスの内側にある大自然への崇敬がブルックナーのそれと相似的に一致したものなのだろうと思う。

・ブルックナー:交響曲第3番ニ短調(1873-77/1888-89ノヴァーク版第3稿)
オイゲン・ヨッフム指揮バイエルン放送交響楽団(1967.1録音)

何より第2楽章アダージョの、繊細な詩情に感無量。この懐かしい音楽は、ブルックナーの最高傑作のひとつであるといって間違いないだろう。
紆余曲折、周囲の様々な見解、思惑が呼び起こす騒動。
ブルックナーの交響曲第3番改訂にまつわる事情が興味深い。

「第3」の場合は、78年の旧版の売れ行きがおもわしくないことも改訂の理由のひとつだった。この作業は88年の3月からちょうど1年後まで行われた。今回はブルックナー自ら印刷用原稿を準備したが、フィナーレだけはフランツ・シャルクが作成した原稿に手を加える形を取った。88年の7月、ライプツィヒ市立劇場を辞めたばかりのマーラーがたまたまヴィーンを訪れた時、「第3」の改訂のことを知って猛烈に反対したため、ブルックナーは一時考えを改めた。彼は旧版を再度印刷することにし、既にできあがっていた新版用の印刷原版50枚を破棄させてしまう。しかしシャルク兄弟が引き続き改訂を強行させたので、結局90年の11月には第3稿が出版されるはこびとなった。不用になった旧版の印刷原版は、潰された。「第3」に関しては、献身的な出版社レティヒが被った損害の総額は、少なくとも4千グルデンにのぼった。初演は同年の12月21日、リヒター指揮のヴィーン・フィル定期演奏会で行われ、作曲者が12回も呼び出されるほどの成功を収めた。13年前の同じ場所における屈辱は完全に晴らされたのである。
土田英三郎「カラー版作曲家の生涯 ブルックナー」(新潮文庫)P155-158

この大成功の場に若きジャン・シベリウスがいたのである。
もちろん彼は初演の背景にある事情などそのときは知らなかっただろう。音楽は無駄なものが省かれ、より洗練されたものになった。ただしその一方で、ブルックナーの本来の「姿」はある意味スポイルされ、失われた。朝比奈隆によるノヴァーク版第2稿を聴く。

・ブルックナー:交響曲第3番ニ短調(1877ノヴァーク版第2稿)
朝比奈隆指揮大阪フィルハーモニー交響楽団(1984.7.26Live)

第3稿では削られている第3楽章スケルツォに付されるコーダの魅力。あるいは第2楽章クワジ・アダージョの、いつまでもそこに浸っていたい天国的永遠の美しさ(第3稿で大幅にカットされた部分の意味深さ!)。そして、終楽章での、第3稿にはない第1楽章の主題回帰のあまりの懐かしさに震えが止まらない。

異稿の多い交響曲第3番の中でも、この第2稿ノヴァーク版による朝比奈隆の演奏は長い間僕の座右の音盤だった。第1稿ほど冗長でなく、それでいて荒々しい、赤裸々なブルックナーの魅力に溢れるこの稿は、今でも最良の版だと僕は思っている。
もともと第2稿支持で、何事によらず創作というものはだんだん直していくうちに最初の魅力を減じてゆくのが常だとする朝比奈も、どういうわけか晩年には第3稿を使用するようになった。一度で良いから第2稿(エーザー版でもノヴァーク版でもどちらでも)による朝比奈の実演を聴いてみたかった。

 

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