アンセルメ指揮スイス・ロマンド管 ラヴェル バレエ音楽「ダフニスとクロエ」(1965.5録音)

「ダフニスとクロエ」の録音をいくつも追っていて、アンセルメの名演奏に触れるのをすっかり忘れていることに気がついた。

かつて僕は、彼の指揮するベートーヴェンの交響曲第9番を聴いて、次のように書いた。

アンセルメの内側には熱い奔流がたぎる。しかし、外側はいかにも冷静、いや、場合によっては冷徹な印象すら受ける。何だろう、このベートーヴェンは・・・。今風にいうと、ピリオド楽器的なアプローチで見通しが良い分、その内側が「透けて見える」のである。

曲が曲だけにもちろんアプローチは異なるのだけれど、内側が「透けて見える」という点においてはラヴェルも同様だ。ラヴェルの音楽のすごさは、誰がどのように演奏してもそれなりの名演奏になる点だろう。バレエ「ダフニスとクロエ」に至っては、どんな演奏もほぼ55分前後という長さになるのだからラヴェルの設計力の素晴らしさがその点からも理解できる。

・ラヴェル:バレエ音楽「ダフニスとクロエ」(1909-11)
エルネスト・アンセルメ指揮スイス・ロマンド管弦楽団(1965.5録音)

ジュネーヴはヴィクトリア・ホールでの録音。
冒頭「序奏と宗教的な踊り」からまさに熱い奔流が体感できる。
視覚のない、聴覚だけのバレエが飛沫を上げる。何とも表現し難い血潮、というか生々しさに僕は心から感動を覚える。アンセルメの「ダフニス」は全曲を通して一貫した美しさを醸すが、やはり第3部が最高の出来。曲が進むにつれ熱を帯びる様子は、さすがにバレエ指揮者の真骨頂といえる。ますます「ダフニスとクロエ」に僕ははまっている。
ディアギレフ版「ダフニスとクロエ」の実演に触れてみたいところだ。

凡そ人々の生涯に、幸福なる音ずれを、各人の胸奥にやがて説明しがたい恐怖を喚び起すところの、かの幸福なる音ずれを齎すべく来るは、実に僅かに、一個の秒の存するのみ!
然り! 時間が支配する。再び時間が粗暴な独裁権を掌握した。そうしてそれは、私が牡牛でもあるかのように、その二本の針で私を駆りたてる、「そら、やい、しっ! 畜生、汗を出せ! 罰せられて、生きていろ!」

「二重の部屋」
ボードレール/三好達治訳「巴里の憂鬱」(新潮文庫)P22-23


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