1969年の黄金週間

bach_matthaus_passion_richter_1969.jpg時々無性に「マタイ受難曲」が聴きたくなる。宗教的知識を決して多く持ち合わせなくとも、その「音楽」で聴かせてくれるクラシック音楽の最高峰。

妻は時々ピアノを教えているが、時に専門的音楽教育を受けていないのに吃驚するほど上手な人がいる。今日もバッハのインベンション第1番ハ長調&第8番ヘ長調、それにモーツァルトのトルコ行進曲を本当に素人かと思わせるほどの腕前の演奏が隣の部屋から漏れ聴こえてくるので、この人のバックグラウンドはどんななのだろうと興味津々、レッスン終了後にいろいろと世間話をして聞いてみた。研修のプロデュースを本業にされており、その道10年ほど。その前は政治の世界に10数年。聞けば、高校生の時突然自律神経失調症に陥り、10年近く療養生活を余儀なくされ、その時にハモンド・オルガンを見よう見まねで始め、あっという間にうまくなったのだと。病気になる前は部活の吹奏楽でトランペットを吹き、プライベートではギターをやられていたということだから全くの楽器音痴ということでもない。絶対音感はないが、譜面も読めるし初見で何となくそれなりに音は出せるというのだから元々のセンスが違うのだろう。

とはいうものの、短い時間だろうとまめに練習することと継続することが鍵のよう。どんなことでも根気よく続けろということだが、それならそれでモティベーション(目標)が明確でないと難しい(今年の年末にアマチュアの発表会を開催すると妻が張り切って計画中だから、そこに焦点を当てて動いてみるのもいいのかも)。

ともかく仕事の話やら音楽の話やら、いろいろな話ができて良い時間だった。ありがとうございます。

ところで、やっぱり僕はリヒターの「マタイ受難曲」が好き。一般には決して評判が良いとはいえない新盤にも魅かれるし、69年の東京文化会館での実況録音盤の、まさに今その音楽が生み出されているという臨場感を伴った音盤も生涯の宝物である(実際にその現場に居合わせた人々は何て幸せなんだろうと嫉妬すら覚える)。

J.S.バッハ:マタイ受難曲BWV244(1969.4.29&5.5Live)
ウルズラ・ブッケル(ソプラノ)
マルガ・ヘフゲン(アルト)
エルンスト・ヘフリガー(テノール)
キート・エンゲン(バス)
ペーター・ファン・デア・ビルト(バス)
カール・リヒター指揮ミュンヘン・バッハ管弦楽団&合唱団

3枚のCDの、どこからどの順番に聴いてもそこには「愛」がある(月並みな表現で情けないが、楽器の音と人の声が一体となり、大きな宇宙的拡がりを得るとともにすべてを癒す力に溢れる、そういう音楽だから「愛」という言葉でしか表しようがない)。その古今東西最高峰の音楽をあまりに人間的な指揮者が憑かれたように演奏しているのだろうということが、吉田秀和氏が当時朝日新聞に寄稿された記事を読んでとてもよく理解できる。

・・・結局は優に二人前以上食べたろう。席の人の半分は初対面だったが、彼は食べる以外に何ひとつ念頭にない様子だった。・・・「リヒターは飛行機に乗ってから今まで何も食べてないのです。スチュワーデスが食事を持ってきても楽譜を手から放さず追払ってしまうものですから」と。・・・「飛行機では電話もかからず、いやな客も来ないから楽譜をゆっくり見ていられて、こんな楽しいことはない。楽譜、特にバッハの楽譜はいつひろげてみても新しい喜びとナゾがみつかるものだから」と言っていた。・・・リヒターの指揮と曲のつかみ方は、一面では峻厳をきわめ、一面では驚くほど自由である。その棒で彼はどこを切っても鮮血のほとばしり出そうな生気に満ちた演奏を創りだす。それは復古的な姿勢を全然持たないくせに、個人的な恣意とは逆の、規範的な様式の樹立に向かってつきすすむ。・・・

吉田先生の表現はいつも見事だ。清濁併せのむ、聖俗一体のバッハの音楽、リヒターの音楽を適確に言い当てている。


4 COMMENTS

雅之

おはようございます。
>短い時間だろうとまめに練習することと継続することが鍵のよう。
スポーツや、語学の勉強なんかと同じなんでしょうね。どんな楽器の練習でもそうですが、短時間でも毎日継続することが大切なんでしょうね。
・・・・・・ピアノというのは、一回に何時間か練習をしたからといって、いっぺんに上達するわけではありません。
 1週間に1回長時間練習するよりは、毎日15分ずつでも練習したほうが、ずっと効果的です。
 また、細切れにしか時間を確保できない場合も、たとえば、一日の練習時間を3回に分けるとしたら、★「最初の20分は指の練習だけ」→★「次の20分は、苦手なところ、できないところ、いつも間違えるところだけをピックアップして練習する」→★「最後の20分で通し練習をする」というように、練習そのものに目標をつくると、効果的です。
 さらに、最初から最後まで通して弾くだけの練習では、「上手に弾ける部分はさらに上手になり、下手な部分は下手なまま」というように、ギャップが広がるばかりです。苦手な部分を、「ここを何とかしよう」と集中練習すると、早く上達します。・・・・・・
・・・・・・もし、うまく弾けなくてストレスを感じているのでしたら、その曲は後まわしにして、別な曲に取り組んでみるのもひとつの方法です。取り組んだからには、必ずその一曲を仕上げないといけない、ということはありません。一回止めてみて、再びやりたくなったら、その気持ちを大事にして、またはじめるというのでもかまいません。
 少し間をおいてもう一度取り組んでみたら、うまく弾けるようになっていたということもよくあるものです。・・・・・・
「指1本からはじめる小原孝のおとなのピアノ・レッスン クラシック編」 (講談社MOOK) 6~7ペイジ〈みんな、聞きたかったピアノの疑問〉より
http://www.amazon.co.jp/%E6%8C%871%E6%9C%AC%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%AF%E3%81%98%E3%82%81%E3%82%8B%E5%B0%8F%E5%8E%9F%E5%AD%9D%E3%81%AE%E3%81%8A%E3%81%A8%E3%81%AA%E3%81%AE%E3%83%94%E3%82%A2%E3%83%8E%E3%83%BB%E3%83%AC%E3%83%83%E3%82%B9%E3%83%B3-%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%B7%E3%83%83%E3%82%AF%E7%B7%A8-%E8%AC%9B%E8%AB%87%E7%A4%BEMOOK-%E5%B0%8F%E5%8E%9F-%E5%AD%9D/dp/4063794172/ref=sr_1_2?s=books&ie=UTF8&qid=1294533329&sr=1-2
なんだそうです。
どちらにせよ、言うのは簡単ですが、行うは難し、ですよね(笑)。でも、「自由」っていうのもアマチュアの特権ですよね(笑)。
リヒターのマタイについては500パーセント以上同感です。映像の記録も含め、それぞれ味わい深いですよね。
今日私のおススメSACDはこれ!
マーラー 交響曲第2番『復活』 キャプラン&ウィーン・フィル
http://www.hmv.co.jp/product/detail/1924311
立派な解釈だと思います。何より、曲への「愛」に満ちています。
キャプランも糸川先生と同じく、アマチュア音楽愛好家の鑑です!!

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岡本 浩和

>雅之様
こんにちは。
本日もまた良書をお薦めいただきありがとうございます。
なるほど、これは勉強になりそうですね。
指一本からはじめるというところがいいです。
>でも、「自由」っていうのもアマチュアの特権ですよね
おっしゃるとおりです。
キャプラン&ウィーン・フィルの「復活」いいですねぇ!!
>キャプランも糸川先生と同じく、アマチュア音楽愛好家の鑑です!!
同感です!男はロマンを求めなきゃですよね。

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アレグロ・コン・ブリオ~第3章 » Blog Archive » J.S.バッハの命日にメンデルスゾーンを・・・

[…] J.S.バッハの命日にメンデルスゾーンを聴く。 19世紀前半にバッハ復興に尽力したフェリックス・メンデルスゾーンなくして今日我々がバッハの名曲たちを享受することができなかったかもしれないと考えると、メンデルスゾーンの音楽的審美眼には真に舌を巻く。わずか14歳の少年が叔母からバッハの「マタイ受難曲」の総譜を贈ってもらい、一見釘付けになったというのだから。しかも数年後にはそれを復活蘇演するという荒業まで本当にやり切ってしまうのだから、細かなことにいちいち躊躇しながら生きていることが恥ずかしくなるほど。ユダヤという特質から自ずと湧いて出る心構えなのかもしれないが、月並みな言葉で表現するとその「チャレンジ精神」というものが後世に与える影響についていかに重要か、そんなことを考えながら1826年、17歳の時に書かれた弦楽五重奏曲作品18を。通常の四重奏にヴィオラを一本加えた編成によるこの作品は、少年の実にナーバスな内面を表出する。 […]

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アレグロ・コン・ブリオ~第4章 » Blog Archive » 第5章のはじまり、想像することを忘れていた

[…] いや、本当に素晴らしい。言葉にならない圧倒的感動。リヒターの「マタイ」は新旧両盤、そして来日ライブ盤のいずれも大切な愛聴盤だが、このDVDはおそらく音と映像が別収録されてミックスされていて、口の動きと歌に多少のずれが生じているということを差し引いても、若き日のシュライヤーをはじめとしてゲロウト・シュラムやユリア・ハマリの抜群の歌唱を、彼らの姿を観ながら聴けるところが嬉しい。 […]

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