クナッパーツブッシュ&バイロイトの「黄昏」(1951)

「兎角に人の世は住みにくい」と夏目漱石は言ったけれど、世の中はさながらオペラにでも興じるように、あくまで客観的に「幻想世界」だと認めた上で生きていくと愉しいものだとわかった時点でとても楽になる。
今年は19世紀のオペラ界を二分した2人の巨星の生誕200年の年である。奇しくもイタリアとドイツという西洋クラシック音楽の本流を成す2つの国でほぼ同時に天才が生れたことになる。
例えば、ワーグナーの楽劇。台本も音楽もすべてをワーグナー自身が生み出し、演出も当初はワーグナーが受け持った。揚句はバイエルン王ルートヴィヒ2世をパトロンとし、自らの音楽だけを上演するバイロイト祝祭劇場まで持つことになる。そこはクラシック音楽ファンならば一度は訪れてみたいと思ういわば聖地。ここでは毎夏ワーグナー作品のみの音楽祭が催され、世界中から音楽愛好家、否、ワグネリアンが集合する。高価なチケットは数年待ちで、そう簡単には手には入らない。

ワーグナーが描いた壮大なドラマをあくまで客観的に・・・。

そう、僕たちは知らず知らずのうちに誰かが書いた脚本に沿って、小さな舞台の中で目には見えない、あるいは正体を知らされていない巨大な何か(黒幕)によって動かされる、あるいは踊らされている操り人形のようなものなのかもしれない。
ワーグナーの音楽にはよくいわれるように毒がある。ひとたびその魔力に憑りつかれると自らを見失ってしまうが如きその内側の世界に埋没する。まるで自分が主人公になったかのような錯覚。確かにその毒にはまった初期はその傾向があったことは認めよう。
とはいえ、もはや今に至ってはほんの少しにせよ自分の中に「客観性」が芽生え、オペラの世界を現実の世界と同一視することなく「愉しむ」ことが可能になる。しかし、オペラも現実もまったくの別物ではない。ワーグナーが想像した現実を舞台でリアルに表現した、現実の相似形が彼のムジークドラマなのである。

何事も、真実を知らなければ不幸だけれど、世の中で起こるすべてが、これまで起こった歴史のすべてが仕組まれたものであると仮定して、その仕組みがもしわかったのなら(理解できたのなら)、何て面白いのだろう。

ワーグナー:楽劇「神々の黄昏」
アストリッド・ヴァルナイ(ブリュンヒルデ、ソプラノ)
ベルント・アルデンホフ(ジークフリート、テノール)
ヘルマン・ウーデ(グンター、バリトン)
エリーザベト・ヘンゲン(ヴァルトラウテ、メゾ・ソプラノ)
ハインリヒ・プフランツェル(アルベリヒ、バリトン)
ルートヴィヒ・ウェーバー(ハーゲン、バス)
マルタ・メードル(グートルーネ&第3のノルン、ソプラノ)
エリーザベト・シュヴァルツコップ(ヴォークリンデ、ソプラノ)
ハンナ・ルートヴィヒ(ヴェルグンデ、メゾ・ソプラノ)
ヘルタ・テッパー(フロースヒルデ、アルト)
ルース・ジーヴェルト(第1のノルン、アルト)
イラ・マラニウク(第2のノルン、メゾ・ソプラノ)
ハンス・クナッパーツブッシュ指揮バイロイト祝祭管弦楽団&合唱団(1951.8.4Live)

数年前、突如リリースされた戦後バイロイト音楽祭再開「指環」ツィクルスの巨人クナッパーツブッシュによる実況録音盤!!!それこそ高校生の頃、デッカ録音による「ヴォータンの告別と魔の炎の音楽」の超絶名演奏を耳にして以来、ワーグナーといえばクナッパーツブッシュとしばらくの間自分を見失うように(笑)聴き漁った。そのクナの伝説の「黄昏」が正規録音で聴ける喜び!(笑)4時間近くの時間があっという間に過ぎてゆく・・・、真に筆舌に尽くし難い!!

神話の世界においても人間界を救うのは「女性の愛」。
現代の混沌を救うのも女性であるとみる人は多い。

決して嘆くべきでない。世の中の仕組みを知るにつけ、生きることがますます楽しくなる。これこそ地球や自然を人間より下だと蔑む愚かな僕たち人間が特に産業革命以降に作り上げた「幻想」なんだと、ワーグナーはわかって、「神話」を題材に現代を予見したのでは?


2 COMMENTS

スケルツォ倶楽部 発起人

まさにおっしゃるとおり、世界を救う 「女性の愛」 - それこそ ワーグナーが 「指環 」の序夜 「ラインの黄金 」において、火の半神ローゲが 足を棒にして 世界中を探し回った結果、これに勝るものは 無いと ドラマ開幕早々に結論づけた真実、その「愛 」 を 永遠に捨てることによって アルベリヒが手に入れることになった 世界を支配する 「ニーベルングの指環 」が、実は 持ち主自身に死をもたらし、世界をも破滅させる呪いを吹き込まれたことは、 誠に象徴的ですよね。

・・・つい最近、岡本さまの文章の読者になりました。 毎回の文章 そのひとつひとつのクオリティの高さ、しかも これを 殆ど毎日にように更新されまくる 静かに溢れまくるエネルギーの凄まじさに驚いています。
お身体 無理されず がんばってくださいね、読ませて頂くのを ホント楽しみにしています!

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岡本 浩和

>スケルツォ倶楽部発起人様
コメントありがとうございます。
つい数ヶ月前だと思うのですが、トヨタのCMで「権力より愛だね」というのがありましたよね。
まさにそれだと思います。

ほとんど書くことが義務のようになっておりますが、続けることも趣味のひとつですのでいつまで継続できるかわかりませんが、今後ともよろしくお願いいたします。

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