ヘンデルの「メサイア」を聴いて勇気をいただく

ヘンデル晩年のオラトリオで安定的に人気を博したのは「メサイア」、「サウル」、「ユダス・マカベウス」である。まったく新しい音楽を生み出す傍ら、旧作を再利用することにより驚異的なスピードで作品を世に送り出したヘンデルは後世の多くの大作曲家が認めるように天才である。バッハと同じく天賦の才があったことは間違いないが、それにしてもその仕事量たるや並大抵でない。まさに気力、体力、そして創造力の結晶が膨大な楽曲として人々の前に現出し、それらを、幸運なことに300年を経た我々も享受する。これこそ人類の至宝と言わずして何と言おうか。

1740年代に入り、幾分ヘンデル人気に陰りが見え始め、興行成績も決して良くなかったその時、ヘンデルは一種博打を打つ。否、というよりそれは真の自信がないとできない行動だった。もちろん相応の実績をすでに挙げていた彼にとってはそれは朝飯前、当然のことだったことは間違いない。1747年のシーズンから、それまで貴族や大金持ちを相手にした予約制という興行方式を、大胆にも当日券のみによる興行方式にあえて変更したのである。つまり、すべてのリスクを自らが背負うという自主独立の方式に転換したということだ。何という勇気。しかも、結果的にこれが当たり、以降のシーズンでは興行も順調、莫大な財産を生み出すことにつながっていった。もちろんひとつは上記3つの安定的人気のオラトリオがあったことは強い。だとしても、当時誰も真似できなかった方式にあえて挑戦したことが素晴らしい。

世紀末から20世紀前半にかけて活躍したアメリカの詩人ロバート・リー・フロストの次の言葉を思い出す。
勇気というのは人間の徳の中で最も重要なものである―限られた知識と不十分な証拠に基づいて行動するという勇気。我々すべてが有しているのはそれだけなのだ。

1742年4月13日、ダブリンのニュー・ミュージック・ホールにて「メサイア」が初演され、大成功を収めた。
「・・・憧れを抱いて群れ集まった聴衆に「メサイア」が与えたこの上ない喜びは言葉では言い尽くせない。高貴で威厳に満ちた感動的な歌詞に付けられた音楽の崇高さと気品と優しさは、ともに相携えて恍惚とした心と耳をとらえ、魅了した・・・」
(4月17日付ダブリン・ジャーナル誌)
作曲家◎人と作品シリーズ ヘンデル(三澤寿喜著)P143

久しぶりにオラトリオ「メサイア」を聴いた。
さすがにこの音楽はいつ聴いても鮮烈だ。そして何より・・・、美しい。

ヘンデル:オラトリオ「メサイア」HWV56
リン・ドーソン(ソプラノ)
ヒラリー・サマーズ(アルト)
ジョン・マーク・アインスリー(テノール)
アラステア・マイルズ(バス)
クリスピアン・スティーレ・パーキンス(トランペット)
ケンブリッジ・キングス・カレッジ合唱団
スティーヴン・クレオバリー指揮ブランデンブルク・コンソート(1993録音)

Brilliantレーベルの仕事はさすが。
この「メサイア」はCD2枚に収録され、しかもDVD映像付で1,000円ちょっと。それに、肝心の演奏そのものが大変に素晴らしい。
そもそも冒頭の「シンフォニア」の堂々たる音響と澄み切った音色。テノールのレチタティーヴォからどういうわけか涙がこぼれる。さらには、物語に入ってからの極めて充実のコーラス(例えば有名な、第12曲「キリストの誕生を喜ぶ歌」、聖誕合唱”For unto us a Child is born”。少年合唱の清澄な響きが何とも堪らん)。どこをどう切り取っても、初演時のダブリンの聴衆が感じたような「崇高さと気品、そして優しさ」に満ちる。「メサイア」によって僕たちは勇気をいただくのか・・・。


2 COMMENTS

みどり

イギリスに帰化したヘンデルの「メサイア」が、『ダブリン』で初演される
ことになったのは何故でしょう?
説明を端折り過ぎていらっしゃるように思いますが…(笑)

ヘンデルというのはかなりスケールの大きな人物らしいので、新たな
愛好者を掴めるかどうか、岡本さんの手腕にかかっているのですよ!
頑張ってくださいね(笑)

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