ワルター&METの「ドン・ジョヴァンニ」(1942)を聴いて思ふ

don_giovanni_walter_met_1942オイゲン・ヨッフム指揮する1981年9月20日のウィーン・フィルハーモニー定期演奏会は前月に死去したカール・ベームの追悼公演になったのだが、予定プログラム(モーツァルトの「ジュピター」交響曲とブラームスの第2交響曲)の前にモーツァルトの「フリーメイスンのための葬送音楽」が厳粛に演奏された。
最晩年のモーツァルトの、光と翳のスペクトルから調和の大団円に至る最後のシンフォニーとあわせて聴いて、この時のコンサートがどれほど感動的であったかということと、カール・ベームという指揮者がいかにウィーンの人々に愛されていたかがわかって興味深い。神々しいばかりの光を放ち、極めて静謐でありながら情感のこもった音楽が眼前に現れる。
それは、これらの音楽をほとんど毎日のように聴き込んでいた10代のあの頃に感じた質感と明らかに異なる。

ウィーン在住のヴァイオリニストである前田朋子さんが「音の交差点」というサイトでインタビューに応え、エトヴィン・フィッシャーの「音楽を愛する友へ―音楽的観想―」(佐野利勝訳)を紹介されているのを見て、久しぶりにひもといた。愕然とした。高校生の僕は何も理解していなかった。

われわれが自然な音楽的成長の初期の段階にあるうちは、われわれは彼のメロディーの民謡的特質や、その和音的で諧音的な作品構造のわかりやすさのおかげにより、充分モーツァルトにしたしみを感じておれるのであるが、その次には、たいていの場合、はげしい奮闘的なものに心を惹かれ、熱情的なものを愛する一時期がやってくる。そうなると、どれほど強烈な表現もなお充分に強いとは思えず、どれほど華麗で、練達で、魅了的であっても、なおものたりない。このようなことでは、われわれはとうてい大作曲家モーツァルトに近づくことはできないのであるが、さらにその次の時期―まったく斬新なもの、気の利いたもの、過激なもの、革命的なもの、あるいは外見上問題的なものを模索する時期―においてもこの事情にかわりはない。だが、いつの日か迷妄の夢はさめる。そして、モーツァルトの音楽においては、内容、形式、表現、ファンタジー、器楽的効果など、いっさいがごく単純な手法によって達成されていることに気づくのである。この日が訪れるとき、君はあらゆる模索、あらゆる欲求から完全に救われるのだ。
P42-43

見事な卓見。確かにモーツァルトに関し、僕自身もそういう道を歩んできた。聴きはじめの頃はその美しさに徹底的に惹かれ、そのうちモーツァルトから離れてしまう。ロマン派や20世紀の音楽にはまる時期を経て、何十年か後に必ずモーツァルトに戻るというのだ。間違いない。

そしてフィッシャーは、老子を引用し、「君が人生においてこのことを体得しないかぎり、君は決して、神々のごとく現実と喜戯する芸術境地に達することはできまいし、モーツァルトの音楽に、彼が要求しているもの―すなわち人格の調和―をあたえることもできはすまい」と言い切るのである。

人間を磨く、というより「調和」「すべてがひとつであること」を体感的に理解してはじめてモーツァルトが理解できるのだと彼は断言するのである。当を得たり。

思わず、ブルーノ・ワルターが戦時中にメトで披露した「ドン・ジョヴァンニ」の実況録音を聴いた。モーツァルトの魂が乗り移った火を噴くような「ドン・ジョヴァンニ」!!!

モーツァルト:歌劇「ドン・ジョヴァンニ」K.527
エツィオ・ピンツァ(ドン・ジョヴァンニ)
ローズ・バンプトン(ドンナ・アンナ)
ジャーミラ・ノヴォトナ(ドンナ・エルヴィラ)
チャールズ・クルマン(ドン・オッターヴィオ)
ビドゥ・サヤオ(ツェルリーナ)
アレクサンダー・キプニス(レポレッロ)
ノーマン・コルドン(騎士長)ほか
ブルーノ・ワルター指揮メトロポリタン歌劇場管弦楽団&合唱団(1942.3.7Live)

序曲のデモーニッシュで壮絶な響きから虜。音の悪さを超えて聴く者の心を釘づけにする。
第2幕を聴いた。騎士長の石像が登場し、ドン・ジョヴァンニが地獄落ちする・・・。ほとんど息つく暇なく音楽はクレッシェンドし、大団円に向かって進む。何という高揚!!60代後半のワルターの棒は留まるところを知らず、モーツァルトの音楽と同化する。いや、これはひょっとするとモーツァルトの音楽を完全に超えてしまっているかも・・・。

 


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