バックハウスの弾くベートーヴェンの作品111(1954Live)を聴いて思ふ

backhaus_carnegie_hall_recitalバックハウスはいとも軽々とベートーヴェンを弾く。
完全に脱力の状態であることが目に見えるよう。
作品111を聴いて、特に斬新な何かをしているわけではないのに、こうも神々しく惹き込まれる演奏は少ないと思った。しかも、これは1954年にカーネギーホールで開いたリサイタルの実況録音なんだ。大勢の聴衆を前にしながらもあくまでも孤高の世界に浸り、求道者の如くベートーヴェンの音楽だけを追求する。
ハ短調からハ長調へと引き継がれる様は第5交響曲と同じ。いや、第5番も凝縮された作品だけれど、物理的にだけでなく精神的にもこれ以上はないという閃きと悟りと。これをもってベートーヴェンのソナタ世界は閉じられるのだけれど、もはや付け加えるものは何もない。

マエストーソの序奏に導かれて主部のアレグロ・コン・ブリオ・エド・アパッシオナートのffの冒頭動機が打ち鳴らされた瞬間、僕たちは一旦奈落に突き落とされる。そう、これこそベートーヴェンが常に強いられた「苦悩」。
作品111が他と一線を画するのは、「苦悩」からいきなり解放されるところだ。それまでならば、安寧あり、愉悦ありと、俗世間の喜びを知った上でないと体感できなかった純白な「歓喜」に包まれる。

ベートーヴェン:
・ピアノ・ソナタ第8番ハ短調作品13「悲愴」
・ピアノ・ソナタ第17番ニ短調作品31-2「テンペスト」
・ピアノ・ソナタ第26番変ホ長調作品81a「告別」
・ピアノ・ソナタ第25番ト長調作品79「かっこう」
・ピアノ・ソナタ第32番ハ短調作品111
アンコール~
シューベルト:即興曲変イ長調D935-2
シューマン:幻想小曲集作品12~第3曲「なぜに?」
リスト/シューベルト:ウィーンの夜会第6番イ長調S.427-6
ブラームス:間奏曲ハ長調作品119-3
ヴィルヘルム・バックハウス(ピアノ)(1954.3.30Live)

このカーネギーホールにおける実況録音は、バックハウスの真骨頂だ。人生のクライマックスと言ってもいいほどの充実感。プログラムを得意としたベートーヴェンに限り、ほぼ作曲された順番に披露してゆく様子を通じて、いかにベートーヴェンが若い頃からベートーヴェンであったかが如実にわかり、それでいて後期の作品になるにつれ余計なものが削ぎ落とされてゆくことが目の当たりにできる。
興味深いのはアンコール。
オール・ベートーヴェン・プロなのに、アンコールではベートーヴェンを一切採り上げないという粋。ただし、これらの作曲家はいずれもベートーヴェンを神と崇めた人たち。楽聖のエッセンスを受け継ぎながらも各々が独自の世界を切り開いていった、そういう天才たちの小品・・・。
ちなみに、バックハウスは試し弾きをした上で本曲に入る。昔はリサイタルで誰しもそういうやり方だったのだろうか。実に味わい深い。

嗚呼、作品111が高みに上り詰める。これこそ変容から昇華に至る「空(くう)」なり。

※この10日後に、バックハウスは日比谷公会堂でリサイタルを開いていたんだった。

 


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2 COMMENTS

畑山千恵子

私はこれは聴いていませんが、買っておこうと思います。この後、バックハウスは来日し、当時の日本の聴衆たちを感動させました。それは後にも先にもない、唯一回の来日でした。

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岡本 浩和

>畑山千恵子様
買っておかれて損はないと思います。
そうなんですよね、日比谷で実演を聴かれた方が知人におりまして、そのことが羨ましくて、羨ましくて・・・(笑)。

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