ポゴレリッチのスカルラッティを聴いて思ふ

scarlatti_pogorelichアントン・ヴェーベルンの音楽は凝縮された極小世界である。西洋調性音楽が肥大化し、調性を失いながら、今度は逆行して行ったあの世界の源を、17世紀から18世紀のイタリア、ナポリに僕は見た。ドメニコ・スカルラッティのソナタ。スカルラッティが亡くなって13年後にベートーヴェンが誕生し、ベートーヴェン死去の56年後にヴェーベルンが生を得る。スカルラッティの死からヴェーベルンの死までたった200年足らず、この間に西洋芸術音楽は膨張と縮小を体験したわけだ。大は小を兼ねるというが、さにあらず。不要なものを削ぎ落とした、最小限の音符で表現された音世界くらい神々しいものはない。

長い間ホロヴィッツのものが座右の音盤だった。20年ほど前、イーヴォ・ポゴレリッチの録音を聴いて夢中になった。そして、今、久しぶりに耳にして思わず唸りをあげる。何という歓び、何という哀しみ。単一楽章の、長いものでも5分ほどの音楽の内側に、これほどの微妙な感情の揺れを刻み込めるスカルラッティの天才。そして、その音符の積み重ねと連なりを見事に美しくも深い楽音として再生できるポゴレリッチの力量。果たして現在のポゴレリッチがスカルラッティを演奏したらどうなるのか、真に興味深いところだが、踏み外しギリギリの「ゼロ・ポイント」に在ったあの当時のこの演奏をしてスカルラッティ演奏の最高峰とみなしてもあながち間違いではないのかも。

冒頭はショスタコーヴィチが管楽器アンサンブル用に編曲を試みた「ホ長調K.20」、そして掉尾を飾るのがおそらく最も有名なソナタのひとつであろう「ホ長調K.380」。いずれの作品においてもポゴレリッチの解釈は独特だ。インテンポに陥らず、まるで即興のように楽想に合わせて変幻自在の様を描くピアニズムの妙。

ドメニコ・スカルラッティ:ソナタ集
・ホ長調K.20
・ホ長調K.135
・ニ短調K.9
・ニ長調K.119
・ニ短調K.1
・ロ短調K.87
・ホ短調K.98
・ト長調K.13
・ト短調K.8
・ハ短調K.K.11
・ト短調K.450
・ハ長調K.159
・ハ長調K.487
・変ロ長調K.529
・ホ長調K.380
イーヴォ・ポゴレリッチ(ピアノ)(1991.9録音)

ちょうど真ん中に位置する「ト長調K.13」の言葉でもって語りかけるかのような初めの楽想と思わず踊り出したくなる愉悦的メロディに釘づけ。左手の使い方が半端なく巧い。ここでのポゴレリッチは絶好調。その後に続く「ト短調K.8」のそこはかとない翳りの表現が、まるで晴天の後のにわか雨の如くの寂しさを表すようで・・・、この急転直下がまた堪らない。さらに、「ハ短調K.11」は、ノン・レガートでの奏法が実に生き、音の一粒一粒に魂がこもる。「ト短調K.450」は堂々たる舞曲。

行春や鳥啼き魚の目は泪

1644年に生まれ、1694年に没した松尾芭蕉。1685年に生を得、1757年に逝ったドメニコ・スカルラッティ。もちろんこの2人に共通するものは何もない。しかしながら、芭蕉が生み出した「最小の言葉の宇宙」の波が、2つの海を超えて、異なる芸術世界の、遠くナポリにまで影響を及ぼしたと空想するのは何ともロマンではないか・・・。

 


人気ブログランキングに参加しています。クリックのご協力よろしくお願いします。
にほんブログ村 クラシックブログ クラシック音楽鑑賞へ
にほんブログ村


2 COMMENTS

木曽のあばら屋

こんにちは。
私もポゴレリチのスカルラッティは大好きです。
極限まで研ぎ澄まされた美音、痛いほどの緊張感、
スカルラッティの「愉悦」を教えてくれたホロヴィッツとは、ある意味対照的な演奏。
水墨画の名品を思わせる録音です。

返信する

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください