Keith Jarrett “G. I. Gurdjieff Sacred Hymns”を聴いて思ふ

gurdjieff_jarrettある人からは崇め奉られ、またある人からは変人扱いされる。「外側」を見る限り真実はわからない。がしかし、内なる心の発露である音楽を聴けば、その人が本物か偽物かは自ずと判断できる。ゲオルギィ・イヴァノヴィチ・グルジェフが旋律を描き、トーマス・ド・ハルトマンがピアノ・アレンジを施した「聖歌集」を聴いて、心身に染みわたる素朴な音楽に素直に感心する。厳密にはグルジェフは作曲家ではない。しかし、その精神はマルチであり、内から湧き出づるインスピレーションは伊達ではないように僕には感じられるんだ。

グルジェフには次のような言葉がある。まるで彼自身に語りかける真理のよう。

取り組むべき問題を正確につかんでいれば環境が厳しいほどその生産性は増大する。

ここには自らを正しく省みようとする姿勢と、険しい道のりに自らを鼓舞しようとする信念が垣間見える。そう、逆境であればあるほど、思いの強い人間にはそれがプラスに働くのである。

Sacred Hymns of G.I.Gurdjieff
Original Transcription for Piano Thomas De Hartmann (SACEM)

Personnel
Keith Jarrett (piano)

しかし、音楽を聴く限り、キースはこのアルバムを聴衆のためにでなく、自分自身のために録音したのではないかと思わせられる。それほどに内省的かつ単一の音調で(例えば冒頭の”Reading of Sacred Books”)、ほとんど起伏なく繰り返される声明―宗教的儀式を感じさせるのである(ラフマニノフがロシア正教の鐘を模したモティーフを多用したが、それとは音楽的次元の異なる「鐘」の音に近い)。

残念ながら僕はグルジェフの思想について詳しく知らない。
思考を封印して、ただ感覚のみで音楽に触れる。
30年ほど前に初めて耳にした時とまた違った印象を受けるのは、今の僕の状態を反映してのことなのか、それとも時代の空気の影響なのか・・・。

沈潜する、
深い淵に・・・、
答を求めて、
ひとり静かに・・・。

息が詰まるほどに、そんな印象。神秘主義というものの片鱗をこの内側に感じる。
とは言うものの、何とも単調で、そうそう繰り返し聴ける音楽ではなかった。
人間とはもっともっと俗っぽいもので、音楽にはそういう「のりしろ」が必要なんだと再確認。
モーツァルト万歳!
ワーグナー万歳!!

 


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