クレンペラーのベートーヴェン&ワーグナー(1968ウィーン芸術週間)を聴いて思ふ

mozart_jupiter_klemperer_vpo凝縮された簡潔さの中に驚くべき挑戦と革新があるところにベートーヴェンの天才がある。楽聖のインスピレーションは、決められたルールの中で想像の翼を広げ、過去に前例のない大いなる創造に結びつく。

リヒャルト・ワーグナーが妻コジマに語ったこと。

ベートーヴェンは一度だけ簡潔konzisでなかったことがある。それは長大な「変ロ長調ソナタ」のフィナーレだ。このフィナーレを弾けるのはきみのお父さんくらいのものだ。聴いて楽しめるのは楽曲そのものよりも弾き手の技巧のほうだからね。どうも音楽の秘訣は簡潔ということにあるらしい。途切れたメロディーの穴埋めにいろいろとり繕ったりすれば、せっかくの感銘もかたなしだからね。すべてがメロディーだという作曲家の嚆矢はベートーヴェンで、彼は同一の主題から、それぞれ独自の新しい主題が次々に生まれてくることを実地にやってみせた。
1870年6月10日金曜日
三光長治・池上純一・池上弘子訳「コジマの日記2」(東海大学出版会)P16

「いろいろとり繕ったりすれば、せっかくの感銘もかたなしだから」というのは、何も音楽に限ったことではない。故意に大きく見せるのではなく、あくまで等身大であることが何においても大切なことだ。その意味では、フランツ・リストは「創造」についてだけでなく人間的にもまさに大仰なピアニストで、その彼でないと真面に弾くことのできない「ハンマークラヴィーア・ソナタ」の終楽章はベートーヴェンの唯一の失敗作だとワーグナーは言うのである(この大ソナタの終楽章といえば、僕は即座に1998年のエリック・ハイドシェックの浜離宮でのコンサートを思い出す。百戦錬磨の技巧派であるハイドシェックが疲れのせいか病のせいか、途中で止まってしまったのだから)。この見解には賛否両論あれど、なるほど言わんとすることはわからないでもない(果たして「ハンマークラヴィーア」終楽章が失敗作だと個人的には思えないが)。

そして、「すべてがメロディーだという作曲家の嚆矢はベートーヴェンで、彼は同一の主題から、それぞれ独自の新しい主題が次々に生まれてくることを実地にやってみせた」という言葉。その最たる例はハ短調の交響曲だろうが、日本では「運命」と称される、このあまりに有名な作品こそベートーヴェンの最高傑作のひとつだとワーグナーの言を待つまでもなく再認識する。少なくともこの音楽に触れている最中にはいつも、「簡潔さ」の中につい惹き込まれてしまうほどの「緊張と弛緩」、「鬱積と解放」を発見し、その見事な二元的バランスに舌を巻くのである。

そのことをことのほか印象付けるのが、オットー・クレンペラーが晩年にウィーン・フィルハーモニーを振った実況録音。

・ベートーヴェン:交響曲第5番ハ短調作品67(1968.5.26Live)
・ラモー:ガヴォットと6つの変奏曲(クレンペラー編曲)(1968.6.2Live)
オットー・クレンペラー指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

最晩年のニュー・フィルハーモニアとの実演では提示部の繰り返しを省略していたクレンペラーだが、ここでは第1楽章についても終楽章についてもきちんと反復する。僕の個人的趣味では、ベートーヴェンのどの交響曲においても反復は要らずもがなだが、この重厚で息の深い圧倒的名演奏を前にしてそんなことはどうでも良い。人口に膾炙した通俗交響曲が今まさに生まれたかの如く響くのである。

そしてもう1枚、同じ年のウィーン芸術週間での演奏を。まさにワーグナーがベートーヴェンに対して感じていたことを自ら実践したことを証明するような音楽と、同じくクレンペラーによる圧倒的解釈。

リヒャルト・シュトラウス:
・交響詩「ドン・ファン」作品20
ワーグナー:
・ジークフリート牧歌
・楽劇「トリスタンとイゾルデ」第1幕前奏曲
・楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕前奏曲
オットー・クレンペラー指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1968.6.16Live)

「ジークフリート牧歌」後半における、おそらくボスコフスキーだろうか(あるいはバリリか)、ヴァイオリン独奏の柔らかで哀しげな表情にワーグナーが妻コジマへ捧げた愛を垣間見る。そして、半音階和声というあらたな境地に至りながら、至極シンプルな書法で革新を創出した「トリスタン」前奏曲の絶頂に向かう官能的な響きは、不死鳥クレンペラーとウィーン・フィルの真骨頂。また、「トリスタン」最後の、囁くような弦楽器群とハープ、木管による旋律はまるで音楽による愛撫のよう。
続く「マイスタージンガー」前奏曲の突然の「開放」と後半部に見る愉悦の妙!!!

 

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