ムジカ・アンティクヮ・ケルンのビーバー「ザルツブルク大聖堂ミサ曲」を聴いて思ふ

biber_missa_salisburgensis_musica_antiqua_kolnかれ朶(えだ)に烏のとまりけり秋の暮

古の人々は大自然の脅威に畏怖を抱きつつ感謝の念を決して失わなかった。
ベートーヴェンは「田園」交響曲の結論を「牧人の歌、嵐の後の悦ばしき感謝の気持ち」とした。あの音楽は楽聖の最高傑作のひとつであり、数多の世俗音楽の中でもその崇高さにおいて他に類のみない境地に達するものだと僕は思う。

ところで、柴田南雄氏は、「芭蕉が聴いた音の世界」と題するエッセーの中で、松尾芭蕉が詠んだ句の中で「音にまつわるもの」がどれくらいあるのかを分析し、持論を展開されている。それによると、芭蕉が比較的多く音にまつわる句作をするのは「旅に出た年」が飛び抜けて多いのだと。
柴田氏は最後に次のように述べる。

たしかに吟行というのは画家のスケッチ旅行のように欠かせぬ大切なものというのはよくわかる。それにしても、大きな旅に出て、広い天地の間のさまざまな音に出偶った芭蕉が、それを彼の流儀に従って数多く書きとめた、ということは、あまりにも当然すぎる、平凡な結論であった、というべきだろう。
柴田南雄著「日本の音を聴く」(青土社)P83

旅、中でも自然に触れ合う行為が、そしてそれが特に音を伴うときに人々にイマジネーションを喚起するということだ。

芭蕉が芭蕉を名乗るようになったのは1682年以降のことらしい。
ちなみに、同じ年、遠く海を隔てたオーストリア、ザルツブルクでは大司教区創設千百年記念が祝われていた。この時、芭蕉と年齢を同じくしたハインリヒ・イグナツ・フランツ・フォン・ビーバーは「大聖堂ミサ曲」を作曲したと言われるが、真偽は定かでない。40にも満たない若造が、その名前を表だって提示できるほど宮廷内の地位を上り詰めていなかったのではないかというのである。

しかし今はそんなことはどちらでも良い。
少なくともこの歓喜に満ちた雄渾な「ミサ曲」が、鷹揚な大自然の美に触発され生まれ出た音楽であるように僕の耳には聴こえるのである(錯覚かもしれないけれど)。

ビーバー:
・ザルツブルク大聖堂ミサ曲
・モテット「太鼓を打ち鳴らせ」(53声部のミサとモテットハ長調)
・ソナタ「聖ポリカルピ」
・教会あるいは宮廷用ソナタ第5番&第12番
ラインハルト・ゲーベル指揮ムジカ・アンティクヮ・ケルン
ポール・マクリーシュ指揮ガブリエリ・コンソート&プレイヤーズ

当時のザルツブルクの人々がこの巨大な音響に驚嘆、ひれ伏したことは間違いないだろう。
ラインハルト・ゲーベルはライナーノーツの中で次のように語る。

当時、ある祝祭において、高貴な人も卑しい民も、彼らの日常的な信仰を祝うために、生れや育ちによって決定された社会的身分の上下に従って参列していた。こういったことに対して、現代に生きる我々、すなわち個人に優先権が与えられている現代の西洋プロテスタント文化の者は、この祝典の陰に隠された規則的かつ恒常的な力に対して、全く相容れないものを感じる。

一般的に当時は魂や信仰というものが、社会的身分によって分断されていたことをあらためて僕たちは知る。しかしながら、旅に出て、自然にインスパイアされるのは万人共通の感性だ。

身分の高い人も低い人も、ザルツブルクの人びとはみな、もちろん男女別々で身廊に座り、聖職者と義兄弟団は祭壇の近くに立ち、すべての寓意とエンブレム、シンボルそして引用などを理解したと考えようではないか。

なるほど。旅というのは「物理的な移動」のことだけを指すのではない。「心から心へ」、自由に触れ合う「精神的な移動」こそ、ミサ曲の中で表現されているのでは?ゆえに身分の上下関係なく、人々は集まった。信仰とは本来そういうものだ。

残念ながらこの録音は不思議に音圧が低く、音がこもり、感動の度合いを減少させる。
素晴らしい演奏であるとは思うのだが・・・。

松尾芭蕉、ハインリヒ・イグナツ・フランツ・フォン・ビーバー生誕370年の年に。あるいは、ビーバー没後310年の年に・・・。

 

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1 COMMENT

畑山千恵子

53世のミサは、オラーツィオ・ベネヴォーリの作とされてきました。それがハインリッヒ・イグナッツ・フランツ・フォン・ビーバー作だったことがわかったわけです。当時、カトリック教会音楽のミサ曲は、独唱・合唱、オーケストラという編成になってきました。そんな中でこのような作品が作曲されたことは重要ですね。

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