ペーター・レーゼルのブラームス作品76、作品79&作品116を聴いて思ふ

brahms_76_79_116_rosel018ヨハネス・ブラームスのピアノ作品は、ほとんどがクララ・シューマンを意識して創作されたものだろうと思うが、作品の内側に垣間見られる情熱的なものと、一方で時折見せる暗鬱な表情の錯綜が、彼等の2人の特別な関係に起因するものであり、もっと言うなら、ブラームスがかねてより求めていた「母なる心」を音化したものに違いないということをペーター・レーゼルの若き日の録音を聴きながら思った。

何という複雑な心境が語られるのか。それは決して表に現すことのできない「愛情」であり、ブラームスが愛する人にもいつも駆け引きを強いられていたことが如実に示される。いや、逆に音楽作品を通してしかストレートには表現し得なかった彼の「弱さ」が見事に反映されており、いつ聴いても心の叫びが聴きとれるのである。

シューマン夫妻の第7子(四女)であるオイゲーニエの手記をひもといた。

母とブラームスのレッスンを較べてみれば、母は主に創造力と感覚を、ブラームスは知性を刺激してくれたことがわかる。両方から影響を受ければ、願ったりかなったりの完全なレッスンになるかもしれない。
天崎浩二編・訳/関根裕子共訳「ブラームス回想録集③ブラームスと私」(音楽之友社)P15

母の人生が一番大変だった時期、ブラームスの友情にどれほどの意味があったのか、私はその頃知りもしなかった。母が亡くなって何年も経ち、その日記の中に子供たちへ遺した言葉を見つけ、ブラームスがいてくれた意味がやっとわかったのだ。ブラームスは、彼にしか与えられないものを与えてくれた。そして私たちは、若き日々を母に捧げ尽くしてくれた友人に一生感謝すべきだと知ったのである。
~同上書P25

音楽史上有名な2人の関係は、多くの書簡類が彼ら自身の手で破棄されたことから真相はわからない。しかし、近親者の証言から読み取れるのは、少なくともクララとヨハネスは一心同体だったということだ。

二人がすれ違う原因は、ブラームスの無愛想な態度に対する母の極端なまでの神経質さと相場が決まっていた。母はお嬢様育ちで、優しく繊細。愛する人から心ない言葉をかけられ、ぶしつけな態度をとられると耐えられなかった。
~同上書P26

ブラームスのがさつさが、生まれつきのものか生活のなかで身についたものかは確認しようがない。・・・(中略)・・・ブラームスの天才肌の性格、その魂の本質は、彼の生まれ育った環境と見事に釣り合わない感じがする。
~同上書P26-27

育った環境が正反対であったとしても、そして表面上の言動がどれほど互いに相容れないものだとしても、魂が触れ合えば、その絆は切れないどころか日を追って強固なものになってゆくのである。

彼らの友情は、厳しい試練を経ている。それが最後まで続いたのは本物の証である。母はブラームスの変節を理解できずに、深く悩んだ。母は素直で一途、自分よりも複雑な人の心情は理解できない。そして温かい心でブラームスを深く愛していた。それは息子に対するような愛情なのか。しかしそれなら、あれほどの敬意が表に出ることはなかったと思うのだ。
~同上書P27

2人の間にあったのは友情以上のものに違いない。

ブラームス:ピアノ独奏曲全集4
・8つのピアノ曲作品76
・2つのラプソディ作品79
・幻想曲集作品116
ペーター・レーゼル(ピアノ)(1973録音)

作品76の、中でも第6曲イ長調インテルメッツォのめらめらと燃え立つパッションの儚さに心震える。続く第7曲イ短調のインテルメッツォにおいてもレーゼルはクララとヨハネスの魂を引き継ぐ如く感性と知性のバランスのとれた演奏を披露する。
また、2つのラプソディ作品79における軽々とした余裕の指さばきが、若きレーゼルの強靭な技術を証明する。しかしそれは、単なるテクニシャンではなく、類稀な音楽性までもが手に取るようにわかる演奏なのだ。
白眉は作品116の7曲。第2曲イ短調インテルメッツォの深い祈り。第3曲ト短調カプリッチョは、激しい主部と瞑想的な中間部の対比の妙がいかにもブラームスの内面の表出であり、また第4曲ホ長調インテルメッツォの囁きは、これこそクララへの恥じらいの愛の表現だ。ここでレーゼルはブラームスと同化する。

ちなみに、作品76にまつわるエピソードがオイゲーニエによって紹介されており、興味深い。
クララの旧姓が書かれてある楽譜帳を数枚拝借し、ブラームスが自分の最新のピアノ作品を誰かに写譜させたものを、かつてクララが書いたものだと偽って彼女に送り、驚かせようとしたのである。

ママは楽譜をちらっと見ただけで「私の曲じゃない。誰かが私の五線紙を使って、曲を下書きしたんでしょう」と言っていた。・・・(中略)・・・もちろん次の日には、曲を弾いてもらったわよ。すると「これは非凡なんてものではないわ。書いたのは私じゃない。パパかもしれないし、部分的にはブラームスかもしれない。・・・(後略)」
~同上書P37-38

ブラームスがクララを引っ掛けようとした(が、実際にはすぐにばれた)この作品こそまさに作品76のうちの2曲だったようだ。

 

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2 COMMENTS

畑山千恵子

今回、レーゼルのリサイタルは、福岡での日本音楽学会、全国大会に出席したため、行けなくなりました。15日のブラームス、協奏曲第1番には行けます。

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